全力は尽くせた

 日光での代表選考会が終わった。ベストではなかったかもしれないけど全力は尽くした。よかったことはガチ勝負で久しぶりにラスポ→ゴールでトップ(同タイムだけど)が取れたこと。
 最近はレース内容について詳しく書かないでいたけど、久しぶりに人に話したい気分になったので書いてみようと思う。
 長期的な準備については別の機会に詳細を書くけれど、概ね順調だった。スピードもスタミナもテクニックも、昨シーズンよりも確実に上がっていることは数字や感触から掴めていた。
 しかしそれにも関わらず選考会に対するプレッシャーは日に日に大きくなった。予備セレに通るのがやっとだった2003年は除くとしても、勢いと若さで恐いものなしだった04・05年、選手層が薄く正直なところ選考はなんとかなると思っていた06・07年と違い、今年はベテランから若手まで有力選手が出揃い、そのプレッシャーは過去最大のものだった。緊張感と言う意味では世界選手権に匹敵するものがあったと思うし、春が近づくにつれて自信と不安の波が交互にやってきた。
 全日本は思ったよりも走れたので自信になった。しかし自信の波は1週間も持たず、直前の週は不安の波に襲われた。スプリント予選は15人も通過する。実績を考えれば落ちるはずは無いけど、通過できる気がしなかった。選考会が終わってから発表するつもりだった夏の遠征計画を先に書いた。有言実行。自分を奮い立たせる方法はこれしかないことをよく知っている。体調・仕事・家族、いろんな事情を抱えていない選手はいないが、悲観的になるほどのことはなかった。
20080412_sprint_q_2 土曜の朝、レースの準備を始める。体が異常に硬い。予選をスタートしてもそれは変わらなかった。力を入れないとスピードが出せない。最高速に乗せるまでにいつもより歩数が要る。
 トップと差のある予選通過。このままじゃ決勝はダメだなと思い、決勝までの合間に変化を付けようとした。深呼吸とか、おしゃべりとかをして緊張をほぐそうとするもプレッシャーは高まるばかりだった。
20080412_sprint_ 決勝の準備を始めても体の硬さが取れない。ダメだこりゃ。いつもどおりのレースはできない。ここ数年、力を抜いて走ることを心がけてきたが、全身に力を入れて走ることで逆に緊張を解きほぐそうとした。
 最初のコントロールからとにかく走ることに意識を向けた。1番でちょっとミス、2番で大きくミス。2番を取った時点ですでに1分後の加藤の気配を感じた。焦りから4番でもロス。すぐ背後に足音を感じる。「あいつがぶっちぎるかもしれない、他の選手も同じミスをするかもしれない」と気持ちが途切れることを必死に防いだ。中盤までは目の前に他の選手は現れなかった。後ろにあった気配も少し遠ざかった。公園部分に入り、前にスタートした選手たちを捕らえる。あれを抜けば、と可能性に欲を出した次の瞬間にミス。ついに視界に加藤の姿が入ってきた。しばらくは横並び。ルートをミスして10秒うしろを追いかける格好になってからは精神的に追い込みきれなかった。ジリジリと離されるのが辛かった。
 なにもかもが散々だったので悔しいを通り越して呆れた。緊張を克服する方法は身につけたと思っていたが、ちっとも役に立たなかった。しかしながらこの体の硬さは花粉症の影響かもしれないとも思う。インハイのときもイマイチだった。雨の全日本やミドル選考はとっても動けたのだ。
20080413_middle その日の晩は、いつも泊まる宿、いつものメンバー。この人たちとも随分長い付き合いになっている。いつもどおり。いつもどおりを貫いたほうが悔いはないよな。ミドルの朝は雨音で目が覚めた。
「遅く走れる人が勝つんや」
 ミスを最小限に抑えながら最短ルートを攻める。その上でスピード。
「Just Straight(チャスト・ストレート)」
 スピードを生かすにはシンプリファイ(単純化)。何もないなら、ただ走る。
「血ヘド吐くまで走れ」
 気合だ気合。
 10年間で学んできたことを生かした走りはできた。ゴール後はもっとやれたという気持ちの方が大きかった。結果的にはちょびっと足りなかった。終わってから全部の結果をあらためてみて、悔しいけれど悔いはないと思えた。
 結局、レース内容についてはあんまり書いていない。
(1段目は4月13日に。2段目以降は4月16日に追記)


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