for one week

遅めのランチを取ってオフィスの席に戻ってしばらくした頃だった。ガタガタっという揺れ。振幅は小さいが急な震動、その後ゆっくりと揺れが始まる。16年前の1月17日早朝、松山の実家で目覚めたときの揺れに似ていた。なので遠くの方で大きな地震があったな、という気がした。しかしその後襲ってきた揺れは予想外に大きかった。
オフィスの棚から本が落ち出し、立っているのもままならないくらいの強く長い揺れ。揺れが続く中ドアを開け、テレビをつける。東京は揺れている最中だったがすでに仙台のほうで震度7の数字が見えた。東京周辺は震度5±、と続く。それにしては揺れた。少なくとも僕がこれまで経験した中で一番揺れたし、恐怖を感じる揺れだった。震度7の揺れがいかほどか想像に絶した。
しばらくTVで報告される各地の震度を見ていると、ほどなく名取川を襲う津波の様子が流れる。それと前後して2回目の大きな揺れ。余震にしては大きかった。今日は仕事にはならないな、と思い、デスクに戻ってツイッターに接続し、ニュースサイトへもアクセスする。
その後の混乱はもはや僕が語るまでもなく。情報にすぐアクセスできる場所にいたことがかえって良くなかったかもしれない。2回目の揺れは茨城沖だった。房総沖など首都圏により近いところで地震もあるかもしれない、あの津波が関東平野にも来るかもしれない、という恐怖で僕自身少しパニックになっていたと思う。
都内の交通はもう回復しない、堤防や工場など各地の施設に大きな損害が出た、真偽構わずTVやネットを通じてどんどん流れてくる情報に不安になるばかり。妹弟はどこにいる?ときわ走林会の仲間は無事か?すぐに避難できるのか?そうだ、オフィスの対応はどうする?小さな職場。緊急時の対応も十分ではなかった。あたふたしているうちに結局オフィスで一晩を明かして帰宅。
しかし携帯からは毎日毎晩のように緊急地震速報が流れ、家にいても安堵できない。流山の自宅では少なくとも昨日まで大きな揺れを感じ、そのたびに身構え、ゆっくり眠れない。電車が止まり、停電があり、いつものように強風や事故もあり、不規則なリズムで自宅とオフィスを行き来するだけで疲れてしまった1週間。
被災地の団結し規律ある行動や支援・応援メッセージに大きな和を感じる一方で、停電前に我先にと出勤・帰宅を目指す人や買い占める人に、あえて都知事の言葉を借りるならば、我欲を感じた1週間。
揺れと情報に酔った1週間。
不安な気持ちにすべてを投げ出したくなる一方で、今やらなきゃいけないことをしなくちゃと気持ちも揺れた1週間。
身体的には怠けている、精神的には消耗した1週間。
予定通りであれば明日が全日本選手権。もし、という話をするのはおかしいことは分かっているが、それでももし明日レースがあれば僕はどんな走りをしたのだろうか。良いレースを出来たのか?それだけの準備はしてきたつもりだったが、うまくレースを出来ない夢にうなされた。
とにかく何かできないか 少なくとも東北地方でオリエンテーリング大会ができるようになるまで、O-Supportで売上げがあるたびに少しずつ寄付や募金を続けていきたい。これまで鍛えてきたナビゲーション力をなんとか生かせないものかと思っている。
僕の職場では毎朝朝礼を行い日替わりで職員が何かしゃべる、という習慣がある。3月11日の朝は僕がその番だった。そのときしゃべったテーマは日本という国について。この1週間は日本という国について大きく考えさせられる1週間でもあった。もしまた日の丸をつけて走ることができるならば、これまでとは違った気持ちで臨めるだろうと思う。
なによりも被災地の1日でも早い復興と皆様のご無事をお祈りします。がんばろう、日本!


for one week」への1件のフィードバック

  1. koi

    今日も大きな揺れがあったようです。ようです、というのは、外を走っていたので全く気づかなかったからです。揺れの恐怖からは逃れられるけど、身の危険に気づけないという別の恐怖も感じました 。

    返信

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