田舎の生活その46

11月頭の家

気づけば10月が終わり11月になってしまっていた。秋も深まる。

先日告知させてもらったとおり、秋のイベントシーズンに突入。田舎でのんびり暮らしながらたまに仕事する、くらいをモットーにしているはずだが、この季節ばかりはすっかり仕事中心の毎日。家にいないことも多く、いても常にPCをカチャカチャ。机の下に子どもかヨチヨチ歩いて来て遊んでほしそうにしているのを横目にメールを打つ日々。ときどきこれでいいのかなという疑問も頭をよぎるが、幸か不幸か好きことをしているので熱中してしまっている自分もいるのだからまぁきっと幸せな人生を歩めているのだろうと思う。

先の週末には全日本スプリントオリエンテーリング大会があるなどこの秋には自身のレースにもいくつか出場しているがレースレポートは追いついていない。そのうち追々。

しかし無謀にもこの繁忙期に愛媛に帰省した。愛媛には「盆正月には帰らなくても祭りには帰る」のが当たり前な賑やかなお祭りがあるのだ。祭りに帰る、この感覚はそういう文化に身を置かないとなかなか分かってもらえないかもしれないけど。

とかなんとか言いながら、僕自身祭りに帰るのは10数年ぶり。オリエンテーリングにのめり込んでからはこの時期は大きなレースが重なることが多く、例え祭礼日とレースが重ならない日程でも(いまどき曜日固定ではなく日付固定のお祭り)、レースに向けて高めてきた気持ちが切れてしまいそうでなかなか帰ることができなかった。今年は運よく大きなレース連戦が始まる前、それも日程が離れていたこと、それから自分が育った祭りを家族に見せたい、子どもの厄除けをという気持ちもあり、思い切って帰ることにしたのだった。

その祭りは太鼓台と呼ばれる大きな山車が練り歩く。絢爛豪華、勇壮華麗という言葉で修飾される太鼓台は一度見ればその迫力に圧倒されることは間違いない。妻や赤ん坊の子どもでさえすっかり魅了されていたようで無理して帰ってよかったと満足している。

四国の、それも県庁所在地でもない高齢化も進んだ地方都市の祭りだけど、それでも祭りに参加するために地元に残る人がいたり、青年団など地域の集まりに参加する人がいて、地域の元気を感じる場面は多い。そして祭りになれば年齢も職業も関係なく、みんなが一緒になって楽しむ姿はまさにハレの日だと感じさせる。祭りがすべてではないけれど、祭りがあることで希望を持てている面があるようにも感じる。

ただ、祭りを賑やかに行う地域がある一方、祭りが衰退してしまった地域も多い。今、僕たちが住む町は後者なんだろう。伝統的な神楽が存在するが、それを継承する人がいなくて危機的状況の集落もあると聞く。祭りと言うのはその地域に一番根深く残る文化の1つで、祭りがこのままなくなってしまうとその地域も消滅してしまいそうで心配してしまう。何より祭り好きな身としては、自分たちが住む町から祭りがなくなってしまうとなれば寂しさを感じざるを得ない。地方再生というと産業のテコ入ればかりが注目されがちだが、祭りを核にしたコミュニティの再生なんて手法も意外とよいんじゃないかと思うのだけど。

スポーツイベントも一種のお祭りだ。地元の主催者、僕のような外から来る競技スタッフ、内外から集まるボランティアの人々、そしてそのイベントに参加する選手たちが一体となったわいわいガヤガヤのハレの空間。そんな場所に身を置いていると心地よく感じるのは、子どもの頃から楽しみだった祭りの空気を思い出すからかもしれない。そして祭りが終わった後の寂しさもまた同じ。

祭りの余韻を楽しみながら、また来年祭りに出られるようがんばるぞ、と新しい暦が始めるのだ。

タミは冬の定位置に据えるようになりました。

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