東京アーバンアドベンチャー2017

11月3日、TEAM阿闍梨主催の東京アーバンアドベンチャー2017、運営を手伝いつつ走らせてもらった。村越さんの南極壮行会も兼ねているのでチームメンバーがトップを飾らねばという意気込みであったが結果は3位。2位はTEAM阿闍梨のチームメイト柳下さん、1位はオリエンテーリング元日本代表の入江崇さんであった。コースの全体図とレース後に記入したトップのルート図はイベント公式サイトに掲載されている。

さて、最近流行りつつある古地図ナビ。古地図を見て楽しむ機会はこれまで何度もあったが、実際にナビゲーションする機会に恵まれず、すっかり流行に乗り遅れていた。しかも今回の競技エリアの世田谷は地理もよく分かっておらず未知の土地。久しぶりにワクワクドキドキするレースだった。

レース序盤。ミスもあり2分後スタートの柳下さんにあっさり追いつかれしばらく並走する展開。どこかで仕掛けなければ、ということで5番でルートが分かれたところでペースアップするも肝心のポイントを見つけられず差が広がる。そして7番で環七の罠にハマり撃沈してしまう。レース前半の詳細は来月発行の雑誌「地図中心」に掲載予定なのでぜひご覧いただきたい。

そんなわけでここでは後半の展開について。7番で大きなミスをしてだいぶ意気消沈したが、この先でライバルたちがミスをするかもしれない可能性は残っている。気を取り直して先を目指す。

7のアタックでミスをした際に鉄飛坂へ伸びる道が残っていることが分かった。早めに8へ続く谷に入ってしまう手もあったが谷幅があることに不安も感じ、旧道をつないで北の台地側を進むルートを選択。寺や神社を目印にすることとする。鉄飛坂の先も地図通り道が残っており立源寺を越えたところで踏切にぶつかる。車両から東急東横線であることは分かった。予定ではもう少しまっすぐ進みたかったがこの踏切が開かずの踏切でちっとも開かない。しびれを切らして南下、谷の北の縁に出てそこをしばらく辿るルートに変更。しかしなんだかずいぶんおしゃれな雰囲気に。どうやらこのあたりは現代では自由が丘になっているらしい。地図と現地の様子がまるで変っており地形もよく見えなくなってくる。西に進んでいることだけはコンパスで分かる。何か特徴的なものはないかと周りをみると丘の上に鎮守の森を発見。熊野神社であろうと期待するとその通りであった。参道を通って南の通りに出て、再び台地の縁を辿る。歩測で距離を測り南へアタック、浄真寺へ辿り着く。今回のコースで最も街が変貌しているエリアであった。

7-8(下図は地理院タイルを加工して作成)

9、10、11、12と谷に沿って進むレッグが続きナビゲーション的には易しめだったが10番は比高が少なく地図で見る以上に現在地の把握は難しかった。

10周辺(左図は地理院タイルを加工して作成)

12番には鉄道(東急世田谷線)が走っており、地図と現地がだいぶ違う雰囲気に変貌していたが豪徳寺の案内に助けられ現在地把握ができた。

13番は世田谷から下北沢方面へ台地を横切るレッグ。烏山用水の緑道を辿り勝國寺(寺は見つけられなかったが)の北の崖を見つける。世田谷村の役場の記号が描かれた若林・代田の集落辺りはこれまただいぶ賑やかな街に変貌しており走りにくいのではなかろうかと通過を敬遠し、西側を抜けて北澤用水の谷を目指す。圓乘院・宮前橋を目標にし、ここで現在地把握。しかしあとで調べて分かったがこの旧世田谷村役場周辺は繁華街ではなく住宅地になっていて予想とは違う変化をしていた。都市発展の歴史は奥深いなと感じる。

12~15(右図は地理院タイルを加工して作成)

終盤。14、16で信号待ちにしびれを切らし裏道を進んでかえってロスを増やしてしまう。他の場面でも似たようなことを多くしており、古地図ナビは普通のナビゲーション以上に忍耐を要するものなのだと知る。

そんなこんなで久しぶりに無我夢中なったレースだった。古地図では地形が変わらず残っていることがフューチャーされがちだが、ナビゲーションする際には地形と同じくらい方向を意識することが重要であると感じた。市街地のナビゲーションでコンパスを必要とすることなどほとんどないが、地図を変えるだけでここまでコンパステクニックを試されることになろうとは。

そして地図が大きく違っていること、この先進めるのだろうかという不安は、昨今の正確な地図を使ってばかりの身としてはしばらく味わっていない懐かしいもので、EASTWINDの皆さんから聞くようなまさにアドベンチャー体験ができた。そしてなによりこれは地理好きにはたまらない。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA