全日本リレー2019

全日本リレーオリエンテーリング大会の日本選手権クラスに静岡県代表として第1走者として出場した。

ときわ走林会時代のホームグラウンドの1つ、笠間での開催なので出てみたかったが、今年は静岡県選考会にも出られず、10月の全日本以来オリエテーリングをしていない、かつ前日夜まで京都で結婚式に参加しているという状況で、さすがに出場は厳しいと思っていたのだが、チームの理解と家族の協力を得て出場が叶うことに。

目標は優勝で昨年に続く連覇を狙う。チームメイトは春に行われた全日本大会チャンピオンの伊藤と先月開催されたインカレ(学生)チャンピオンの大橋。チャンピオン3人を揃える強力な布陣。3人とも得意不得意な走順もなく、走順決めは逆に悩ましかった。ただライバルも強力だが自分たちのパフォーマンスをしっかり発揮すれば目標に近づけるのは確実。自分たちのパフォーマンスをしっかり発揮する状況を作りやすい走順を考えた結果、小泉-大橋-伊藤にする。3人の中では僕はスピード面でやや劣ることから1走で確実にトップに近い位置で帰ってきて2人につなぐことに。大橋、伊藤の順番もどちらがよいという決め手はなかったが、伊藤がややコンディションに不安があり集団走に自信がなさそうだったので集団がばらける可能性が高い3走に配置した。

このときに僕自身は「去年と同じ感じで走ればいいか」というちょっとした気の緩みのようなものを感じていて「気を引き締めなくてはいかんよ」と自分に言い聞かせたのはよく覚えているのだが、結局引き締めるタイミングを逸したまま当日を迎えてしまったのかもしれない。

土曜夜。ホテルに帰って子供たちに寝る準備をさせてからの夜行バスで京都から茨城へ。バスで眠れないことも予想はしていたがよく眠れる。2駅手前で降りて歩いて会場入りして身体をほぐす。そんなこんなで予定より早めの到着。1走スタートラインに立つという最初の難所を無事にクリア。

事前の走順を見るとライバルは愛知勢と首都圏チーム。1走は若手の足の速そうな選手も多かったが、珍しく今回はフィジカル面で不安を感じなかった。身体の調子がよいこともあっただろうし、かつて練習会でよく使った慣れ親しんだテレインであることも気持ちを落ち着かせた理由の一つかもしれない。

スタート直後にいきなり狭い階段を登るレイアウト。そこでの出遅れは避けたい。出来れば先頭付近に立って自分のペースで登りたい。スターターの山西会長の指を見てコンマ数秒だけ早く動き出そうと視線を集中。その甲斐があったかはわからないがトップ下すぐの所につけられる。スタートフラッグまでは長めの誘導。コースは対策で組んだコースにかなり近い。階段を登るうちに序盤レッグのプランニングも終わったのでポジション取りを考える。先頭は最大のライバルと思われる愛知1の種市。ペースをあげて数人抜き、彼の真後ろについて森へ入る。ファーストレッグはパターン振りがあるが種市と同じ方向へ。地図よりやぶで苦戦するがナビゲーション的に問題はなく次の山塊へ。

道に出る。パターン振りでハズレを引いたか、前に何人かいてその集団の最後尾に付く。集団のペースを使わせてもらいつつアタックへ。アタックポイントの分岐が地図で読むイメージと合っておらず不安を持ったままだが尾根に取り付けばわかるだろうと手前の沢を切る。

沢の中の岩付近に隣接コントロール。位置を特定でき不安解消。しかし尾根に上がるも傾斜変換もフラッグも見えず。尾根の下の方にいる選手が探しながら上がってくる様子を見てまだ上かと上へ向かう。が、ない。少し右往左往してリロケートを試みるも確信を持てず、周りにまだうろうろしている選手が数人。「ひょっとして」とパラレルエラーを疑い出す。アタックポイントにした道分岐手前で道を外れていて、1つ東の沢の中のコントロールを見たのか、と。ゆえに西へ移動。しかし西の尾根は益々ぼやけていて遂に自信はゼロとなり完全ロスト。確信を持てる場所を求めてピークまで上がってようやく自信を持ち直し尾根を特定して下る。ここしかないと言い聞かせながら下り続けてようやくコントロールに到達。

全体的にこの場所でミスする選手は多くトリッキーであったことは確かだろう。ただこうやって振り返ってみると集団走になった段階で主導権を手放してしまったところがあり、もう少し自分のペースでオリエンテーリングをして不安を感じたアタックポイントで時間をかけておけばここまで迷走しなかったはずだし、その後の走りを考えると、ここで多少遅れても狙い通りの位置で帰ってくることはできたと思うと大変悔いが残る。

ともかくピークに登っている間に周りの選手もいなくなっており完全に1人ぼっち。しかしこの先でも何があるか分からない。チャンスはまだあるはずと気を持ち直して進む。1人になりペースは落ちていることを感じるもリズムは良く復調。焦りから少しもたつく場面もあったが8以降はコースも簡単でよく走れていた。

トップから5分差で大橋へ繋ぐ。何かあればチャンスはまだある。2人の快走と他チームのトラブルを祈る。大橋が順位を一気に上げ、トップとの差も少し詰めて入賞圏内でアンカーの伊藤へ。さすがに上位陣は崩れず5位争いで会場へ。近くには静岡第2チーム。第2チームアンカーの川島も頑張り最後まで接戦となるも、わずかの差で第1チームがフィニッシュ。が、伊藤が隣接コントロール通過のため失格となり、僕たちのチームは順位つかず。しかし第2チームが同じ順位に繰り上がり。静岡県チームとしての層の厚さを感じる結果となった。

優勝は愛知2、静岡2(長縄-松澤-川島)は見事5位入賞

ということで結果はとても残念であった。失格となった遠因は僕の遅れに起因するのは確実で、チーム、特に一緒に走った2人には申し訳ないことをした。少しのブランクや前夜の移動や睡眠など問題なかったと思っていても実際には心理的余裕がなかったのかもしれない。そしてなによりそんな状態でもなんとかなるだろうという過信があったことが大きい。勝負に対しては常に謙虚でいなくては。

今回の結果も大変残念であったが、国内の主要なリレー大会で自分が敗因となる大きなミスを犯したことも大きなショックであった。これまでのインカレ、全日本リレー、OB対抗リレーに7人リレーなどいろいろ振り返ってみたがそのような記憶はない(都合悪い記憶が消えているだけかもしれないが)。個人レースではミスも多いが、リレーはリレー特有の状況をうまく利用して走れる自信があったし、それが自分の強みの1つだと思っていた。リレーでミスをしてしまうとこんな気持ちになるんだな。京都へ戻る新幹線の中で感じたモヤモヤした気持ちは競技生活21年目にして初めての味わう感覚であった。この感覚は今後の自分のためというよりは他の誰かのために活かすことができるような気がする。

追記:そういえば新潟の全日本リレーでもコントロール飛ばしをしたりしてだいぶロスしたことを思い出した。ただその時はチーム全体がぼろぼろで敗因と見なされなかったんだな。。


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