田舎の生活その87

ソメイヨシノが咲き始めた。関東にいた頃はサクラと言えばソメイヨシノでサクラの季節は年度をまたぐこのくらいの時期、というイメージだったが、静岡に来てからは河津桜に代表される早咲きの桜が多く植わっており、3月頭ころから既にサクラの季節になることに最近気づいた。

しかし植物にはまったく疎いのでどれがなんてサクラなのかはよく分かっていない。

そんな春。今年はイチローが引退し、いつも仕事しながら聴いていたラジオ番組が終わり、Eテレからは子どもが生まれてからお世話になったよしおお兄さんやゆきちゃんが卒業し、別れの春という印象が強い。世界は変わっていく。

さて、先月の記事で触れたつくばでの同期と20周年のささやかなお祝い。仕事や子育てに忙しい年ごろ。揃ったのは半分程度のメンバーだったが、しかしいつになっても心を許せる友人たちの存在はありがたく思う。ちなみに僕らは1998年度入学組。98年度がどんな一年だったかというと、4月に明石海峡大橋が開通、夏にはフランスW杯に日本が初出場し、甲子園では松坂旋風。橋本内閣から小渕内閣に変わり、年度末の3月には日産がルノーと資本提携している。グーグルが設立した年(98年9月)でもあったようだが当時は気にもしていなかったな。芸能界では「98年歌姫」などと呼ばれる浜崎あゆみ、椎名林檎、宇多田ヒカルらがデビュー。最近では98年生まれの若い女優・アイドルが人気を博しているらしい。ついこないだのことに思えるが、実はだいぶ昔のことだと気づく。

大学内の金栗四三特別展にて。子と一緒に

ついでに先月の話に関して、そもそもなぜオリエンテーリングの体験会に行ったのか?と何人かから聞かれた。いつも読んでいただきありがとうございます。

大学入学時、オリエンテーリングという単語は知っていたが(中学の時の集団宿泊研修でグループオリエンテーリングを経験していたので)、それはレクリエーションとしてのオリエンテーリングであり、世間一般と同じようなイメージを持っているに過ぎなかった。子どもの頃から地図を見るのは好きだったので(主に道路地図や鉄道路線)悪くない記憶として残っていたが、楽しかったとかまたやってみたいというほどの印象はなく、入学式後に勧誘のチラシをもらっていたが、それが目に留まることはなかった。

ではなぜ体験会に行こうと思ったのか?それは大学宿舎で僕の部屋に勧誘に回ってきた先輩に「終わったら焼肉に連れて行ってあげる」と言われたからだ。その勧誘がオリエンテーリングサークルであることはどうでもよかった(怪しい団体でないことは確認したが)。その頃、宿舎を回って来る勧誘が多く、うざったく思い始めていた頃だったので、「焼肉」という言葉がなければきっと断っていただろう。焼肉に釣られて行った体験会でその魅力にはまった。オリエンテーリングに感謝ということはつまり、焼肉に感謝せずにはいられないということなのである。


奥武蔵マウンテンオリエンテーリング2019

TEAM阿闍梨の人気イベント、奥武蔵マウンテンオリエンテーリング(OMO)。毎年運営を手伝いつつ、走らせてもらっている。年1、2回あるかどうかの貴重な地形図を使ったレース機会。過去3回、大きなミスを連発しており、今年こそはウイニングタイム切り(優勝設定タイムを上回る)が目標。

コースは直線16.4km、登り1400m、ウイニングタイムは3:15。コースプロフィールは昨年と大きく変わらず。同じくらいのペースでミスを減らせばウイニングタイムに迫れるはず。先読み、ルート維持(コンパス、距離)、現在地把握の基本動作を徹底し、大ミスを防ぐべし。

コースと上位者ルートはOMOのプランナーズレポートに掲載されているのでそちらをご覧いただきたい。

スタート前。やる気に満ち溢れていたが実はEカードを忘れている。

△→1
谷を詰めるルートも見えたが谷は進みにくそうな描かれ方をしており避ける。
南の鞍部をアタックポイントに下めに尾根に出るようエイミングオフしてアタック。ほぼ思い通りの位置に出る。身体は軽く快調だったが後半のスタミナ切れを恐れややゆったりめのスタート。

1→2
ほぼずっとコンタリングルートも検討したが斜面が急そうなので尾根を辿るルートを選択。

2→3
ロングレッグだがルートは1つしか見えず。プランナーの柳下さんが書いている谷からアタックするルートは距離が短く登りは変わらないので実は早かったかも。
脱出して道路に出て最初の小道の入り口を見つけられず少しスルーしてしまう。
アタックする尾根は下た目から生えているので尾根上でしっかり現在位置を把握してからコンパスを信じて下る。
道の乗り換え以外はまったく問題なく順調。しかし区間タイムはほぼ同じルートだったトップの2人とはだいぶ差を付けられている。結果的には今回はペースが遅すぎたのが一番の敗因、ということに。

3→4
コンタリングで繋ぐルートを取るも平らな谷の先が大変進みにくく尾根切りに変更。優勝のボブこと谷川ルートでもそんなに登りは増えないので強気に行くべきだった。
3のアタック同様、尾根上でしっかり位置を確定させてからズバッと下りアタック。

4→5
脱出時に結城を見る。スタートは10分差くらいだったか、もう追いつかれてしまった。コントロールの高さを読み違えアタックで下目に出てしまう。

5→6
集落内の道を使うのが早いのかとも思うが、細かすぎて読み切れず無難に道路を選択。

6→7
尾根を行くか谷を行くか。距離と尾根上の凹凸を考えると谷の方が有利そう。ナビゲーションも楽なので谷ルートを選択。尾根に取り付いた場所がやぶで進めずペースダウン。どうせなら道まで走ればよかった。

7→8
谷の道に出て、そこからコンタリングする道にのり、道の曲がりからアタック。

8→9
ロングレッグ。ここはルートチョイスがありそうか。まずアタックポイントを決めたい。近くまで道を引っ張るか谷を進むかは現地判断としたが飛び込むべき場所は決まった。
そこに行くまでは実際に通った長い谷を詰め尾根を登る一通りしか見えず。
脱出でゴルフ場をどう巻くかを悩む。道路を使って左に回るか、山の中を右に回るか。距離は右回りが短いが、登りとオフトレイルを進む距離を考えると左回り有利だろう。
道路に出るまでの脱出で変に道を使おうとしてしまいかえって手こずった。それ以降は調子よく走れていたがやはり上位2人とは差が大きい。2人とも走れているなぁ。アタックは現地の様子をみて道ルートを選択。

9→10
当初は北の尾根回りを考えていたが、9のアタック前に北へ脱出していくボブ・結城を見る。抜かれたとすれば7か9か。いずれにしてもタイム差を考えると逆転はかなり厳しい。勝負するならルートを変えるべきか。最初は南周りはよいルートとは思っていなかったが、太めの道を使う距離が長く、スムーズに進める可能性に賭けてルート変更。10手前で脱出していく2人を見る。9でのタイム差と大差なし。ただここまでのペースを考えると2人のペースは落ちているようだ。目標のウイニングタイム切りもかなり難しい状況だが、少しでも差を縮めることを目標にペースアップ。

10→11
送電線まで進みアタック。ようやくエンジンがかかった感触。

11→12
11までの尾根を飛ばし過ぎたか登りでバテる。ルートチョイスはなさそうに思ったがより直線的に進むのはありだった。

12→13
谷を詰め尾根道に出るまでの小道にうまく乗れずふらつく。浅い地形へのアタックだが道も多く容易。

13→◎
道走り。ペースは上がらないが疲れてヘトヘトという感じもなくフィニッシュ。目標を15分近くオーバー。

細かなミスを除いても15分短縮はまったく無理で今年は体力面で完敗であった。ペースが遅かったからか、コントロール位置が例年より素直な位置だったからか、OMOで毎回やっていた現在地を見失うような大きなミスはなくフィニッシュ出来たのはよかったが、ノビしろがないと思うと、結果に対するがっかり度は今までで一番大きいかもしれない。

トップの2人に比べると登りや長めの道走りがある区間で大きな差が付いている。もともとこの2人よりはスピードで劣っているのは確かだが、自分との比較でも追い込めていないという感覚。心拍数も上がっておらずレッドゾーンだったのはわずか10分程度。長いレースでは必ず現れる痙攣(またはその兆候)も今回はまったくなし。翌日以降の疲労感もあまりなし。

トレーニングは最高の状態とも言えないが、悲観するほど出来ていないわけでもない。疲労がたまっているのか気持ちの問題なのか。来月の全日本に向けて大きな課題に直面してしまった。


田舎の生活その86

梅や桜が咲き、すっかり春めいてきた。

しばらくストーブの前が定位置だったぴーたも家の中を走り回ることが増えてきた。

さて平成もあと2か月ちょっとで終わり。個人的な平成史を振り返ると、やはりオリエンテーリングとの関係なしには語れない。

平成が幕を開けた頃、西武線沿線に住んでいた我が家。その地に住む少年たちのヒーローと言えば西武ライオンズ。御多分に洩れず、AK砲に憧れ、近所の少年野球チームに入ったが長続きせず、いつの間にか行かなくなりファミコン三昧。

愛媛に戻り、中学に上がる。すると部活に入らなくてはいけない。このとき選んだのはバスケ部であった。当時スラムダンクが連載を開始。もろに影響を受けてのことだったが、夏休み明けには幽霊部員化し、文化部に転部。

高校も部活必須。入学前に開幕したJリーグとドーハの悲劇の影響を受けてサッカー部に入るも、夏休み前には行かなくなり、たしか読書部に変更した。

さすがに運動部はもういいやと自分でも思っていて、大学に入って見に行ったサークルは社交ダンス、マジシャンサークルとかだったと思うが、気づいたらオリエンテーリング(愛好会)を選んでいた。

流行に流されやすく飽きっぽい、なにより体育会的なタテ社会に馴染めなかった僕がオリエンテーリング愛好会でやっていけたのは、なんとなく地図が好きで、最初の体験会で運動経験のある同期連中よりよい結果を残せたというちょっとしたきっかけと、何より体育会的ではない諸先輩方や同期、後輩に囲まれた環境面が大きい。

それから20年に渡りオリエンテーリングを競技者として続けているとは思いもしなかったが、最初の1、2年目ですっかりのめりこんでおり、人生においてずっとオリエンテーリングに関わっていたいという気持ちが生まれていたのは確かで、今の環境にいることは、もちろんいくつかの偶然もあったが、必然だったように思う面がある。

オリエンテーリングに出会っていなければ、今ほど多くの友人知人と知り合うことはなかっただろうし、今の家庭を持つこともなかったわけで改めて多くの皆さんに感謝せずにはいられない。

そんなわけでオリエンテーリングを始めて20周年。来月にはささやかながら同期たちとつくばにてお祝いをする予定。


田舎の生活その85

昨年末から風邪っぽい状態がずっと続き、なかなかすっきりしない日々が続く。風邪の症状もせきや鼻水だけでなく、目ヤニや痰など老廃物も色々出てくるようになってしまい、身体の対応力に変化を感じざるを得ない。今年は本厄である。

さて、毎回載せている僕らの住む集落の写真。裏山にとんがった部分があるのにお気づきだろうか?

これ

この尖り部分には権現さんと呼ばれる神様がおわす小さな祠があり、ムラのお祭りでは祢宜さんや氏子の皆さんがお祈りする。そしてこの尖った杜は、かつて道路がなく谷の斜面に沿った山道を使って行き来していたころには往来の目印にもなっていた。

きつい谷の斜面をずっとコンタリング(水平に移動)することはできないので、この辺りの古道の多くは比較的斜面の緩い場所を使いながら山の上に出るようについていることが多い。そしてその峠から村に下りる道と、そのまま反対斜面に回ってその先の村へ向かうことができる。権現さんの杜はその峠のすぐそばにあり、重要な分岐点である峠の位置を示す目標にもなっていた。

それを知ってから他の場所も見てみると不思議に尖った山が多いことに気づく。そしてそういう場所に行ってみると神様や地蔵様が今も大事に祀られている。

例えばこれ

今残っている古道の多くは周りが植林され見通しがまったくないが、かつては道沿いに樹木はなく、山の目標物を定め、あそこまで行けば何々村だと考えながら往来していたのだろうか、と当時の様子に思いを馳せてみるのであった。


煩悩滅却百八式 ときわ走林会創立15周年記念大会

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

と新年のあいさつをしておきながら今年最初の記事は昨年の話題から。年末の12月29日に栃木県矢板市で開催されたときわ走林会創立15周年記念オリエンテーリング大会に参加。かつて所属したクラブの記念大会ということに加え、108のコントロールを回るというロマンあふれるコンセプトに惹かれて申し込み。

しかし12月に入って完全に怠けモードに入っていたので、果たして完走できるだろうかという不安が体力的にも技術的にも強く、ワクワク感なく当日を迎えてしまった。しかし来てしまったからにはなんとかせねば。ペースを抑えめにスタートし、だんだんとオリエンテーリングに慣らしていくつもりで序盤をこなす。

10番コントロール辺りで既に疲れを感じる。易し目のコントロールが多いが、時折やってくるヤブの中にあるコントロールや斜面を斜めに切るレッグなど、気が抜けない緩急のあるコース。段々楽しくなってくる。

また、かつてよく通った矢板エリアながら今回入るテレインはあまりなじみがなく、未知の土地でのナビゲーションも堪能できる。そしていろんなレベルの参加者が多く、人に惑わされず自分でルートを決めるという点でもよいリハビリだなと思いながら中盤へ。

そんなことを思っていたら46番で人につられて大きなロス。

最南端がちょうど半分の54になっているのはコースプランナーが狙ってのことだろう。ようやく折り返しの気持ち。

エグい感じの90番台が近づいてくるとだんだん気分が暗くなり、身体もそれに呼応するかのようにヘロヘロになってくる。地図の細かなところまで読み切れず92で少しロス。97からの道走りで下半身に痙攣を感じペースを上げられず。

最後の山に入ったところで後ろから来た桃井くんにすごい勢いで抜かれていく。ロングレースで日本人選手にあんな勢いで抜かれたのは初めて出た全日本ロングM21Eで鹿島田さんに抜かれたとき以来ではないかという衝撃的なスピード差だった。最近の若い選手はこのくらいの距離でも普通に走れるんだなぁと感嘆しながらフィニッシュ。

完走できたことに純粋な喜びを感じられた。タイムも思ったよりは悪くない。しかしトップとのタイム差は大きい。嬉しさ半分悔しさ半分か。

そんなこんなで年が明けて2019年。まずは4月の全日本大会を目標にがんばりたい。