奥武蔵マウンテンオリエンテーリング2018

TEAM阿闍梨の人気イベント、奥武蔵マウンテンオリエンテーリング(OMO)。運営を少しだけ手伝いつつ、毎年選手としても走らせてもらっている。最近はロゲもOMMも運営ばかりで地形図を使ったナビゲーションレースに出ることが叶わない。年1、2回あるかどうかの貴重な機会。振り返れば過去2回とも散々なレースをしていて、ナビゲーションインストラクターとしての自信をなくす一方であった。今回こそはという雪辱の機会でもある。

僕が走ったエリートコースは直線距離17km、登り1350m、ウイニングタイムは3:10という設定であった。ウイニングタイムはコースプランナーである柳下さんの試走タイムであろう。現状、同じ距離・登りのコースをよーいドンで走るだけでも柳下さんとは5分くらいは差を付けられてしまいそうだ。ミスを含めて10分以内の3:20を切ることを目標設定に臨む。

これまでのOMOでは距離を合わせられずミスすることが多かったので、今回は歩測をかなり意識的に利用するようにした。また距離を勘違いして誤った方向に進まないよう、コンパスを使って細かく方向確認するようにも心掛けた。まさにナビゲーションの基本動作の徹底である。

全体のルートはOMOのプランナー解説に掲載されているのでそちらをご覧いただきたい。

△→1
庭園路の曲がり辺りからまっすぐ行こうかとも思ったがヤブがひどかったので無難に道周り。距離感を計るよいウォーミングアップ区間であった。

1→2
プランナーレポートにもあるように東まわり、大高取山直登、西回りの3つが見えた。西ルートはあまりメリットがなく却下。東か直登かは微妙なところだったが、大高取山までがんばって登るだけで済むので登りルートを取ることに(実は講習会で使ったことのあるドーピング区間でもあるし。。。)。尾根線はハイカーの方が多く注意を要したが、先にスタートした国沢さんら有力選手に追いつき順調であった。

しかし今思えば自分の特性を活かすならナビゲーションをめんどくさがらずに東回りを選んだ方がよかったのかもしれない。

2→3
知っているエリアはあっさり離脱させられ、未知の場所へ。ルートチョイスがありそうだったが距離重視で尾根を使ったルートに。

最後のアタックが要注意だと思っていたが予想以上に見通しの効かない尾根だったのでかなり慎重に通りやすいところを選んでアタックした。

3→4
脱出は「この谷切らすかぁ」というエグさを感じるレッグであった。4の鞍部へ下る尾根辿りは気持ちがよかった。

4→5
レポートにある国沢さんのルートは見えず、通ったルートか、より東側を回る大外ルートかしか考えられなかった。大外は回りすぎで却下。

脱出で稲毛さんを見る。今ここまで来れているならエリート女子初完走できるんじゃないかな、と人の心配をしているうちに農道の分岐を曲がり損ね30秒弱のロス。スタートから1時間を越え、1回目のもぐもぐタイム。ジェルとブラックサンダーを1つずつ。

5→6
6の尾根がテラス状に突き出しているのでそれを捉えれば難しくはないだろうと思ってアタックするも、それらしい尾根を見つけられず歩測のカウントは回り切り、尾根が行き詰まる。あれっと思って方向を確認したり地図を読み返し、行き過ぎていることに気づき再アタック。90秒程度のロス。

6→7
6の脱出で国沢さんとすれ違う。2で追いついたペースを考えると差を詰められているなと感じる。ロスはあったが大きなミスではないはず。僕のペースが遅いのか、彼の調子がよいのか。こういう、人と会ってしまったときのレース特有の感覚は一人で練習しているときには得られないので楽しく感じる。

7のアタックを尾根から下りるか北の谷から上がるかで悩み、最終的にはルートが分かれる鞍部の分岐にて谷に下りる道があまり走りやすくなさそうだったので距離の短い尾根ルートを取る。

7→8
ほぼレッグ線通りに進む。見通しが効かず見たい地形が見えずやや不安になるが、コンパスと自分の直線力を信じて打開する。

8→9→10
ナビゲーションとしての難しさはないが、ここまでで2時間弱。思っていたよりもこの1時間で進めていないなと思いながら2回目の補給。ジェルとブラックサンダーを1つずつ。

10→11
勝負レッグになりそうなのが来たと身構える。大高取山経由の東ルート、道路まで出てしまう西ルート、レッグ線真ん中あたりまで小道を使いそこからまっすぐ狙う中央ルートを読む。真ん中は距離が劇的に減るわけでもなく難度が高いので捨てる。東か西かは距離と登りを考えると東に優位性があるか。アタックに注意が必要なので尾根に乗りそびれないようコンパスを使って進むように意識する。

11手前の不明瞭な小道が描いてある場所までは無難に進める。11の先にあるピークを捉えられればよいなぁと思いながらコンパスを使って進むうちにピークが見えてそちらに流れ、ここだと思う谷を覗き込みに行くも何もない。谷の深さも随分深く、あれれ?と少し右往左往して考える。谷の分岐を見て南の谷を見ているのだと気づきリカバリー。

おそらく11の南の膨らんだ尾根にある小さな盛り上がりをピークと誤認したのではないかと考える。今回最大の3分のロス。勝負どころの最後の詰めで見えたものに安心してしまい、歩測とコンパスを投げだしてしまったのが悔まれる。次回のレースに活かすこと。

11→12
尾根を行くルートと南に道を迂回するルートを読む。柳下さんおすすめの芹ケ沢集落経由ルートは読めず。当初は道周りを考えていたが思ったより身体が元気なので尾根のアップダウンも苦にならないだろうと尾根を選ぶ。

尾根への入口を間違える。ロード走りで油断しきってしまった。30秒強のロス。さらに尾根を走っていて三角点手前あたりで地図にない伐採道に入り込んでしまう。まぁこれは地図からは防げないロスで、誤っている可能性も考えながら進みすぐにリカバリーできたのでロスには含められないかな。

12→13
北に道を回るか尾根を下るかを読み、圧倒的に距離の短い尾根でしょう、と。尾根上を13付近まで道っぽいものがついているのでそれを利用し、楽にアプローチできた。

13→14
昨年派手にやらかしたエリアへ逆からアタックの構図。今年はリベンジせねば。3時間を目前に3回目の補給をしたいところだったが、あと少しだしとケチってしまう。そのせいか登りでパワーが出ずペースダウンさせてしまった。アタックは柳下さんの解説にある隠れピークを把握でき、難なくゲット。やったね。

14→15
荒地記号のある谷に入り、道に乗って分岐からアタック。難しいレッグではないと感じていたがフラッグをわずかに外し、無駄に谷を下ってしまう。丸の中心を読み取りきれなかったか。+2分強のロス。

15→16→◎
15のロスで一気にエネルギーemptyとなりペース上げられず、目標に届かない3:23でゴール。

結果的には15のロスが悔まれることとなったが、それを除けばナビゲーションはミスを含めてだいぶコントロールでき、過去2回に比べればしっかりレースを組み立てられたという実感がある。体力的には最後にエネルギー切れになってしまったが、余裕は残していたのでもう少し追い込めたんじゃないかと思う。この距離を走ることにもう少し慣れてくれば柳下さんの背中を感じられるくらいの位置には付けられるのではないかという手ごたえを感じられた。コースそのものはもちろん、そういう意味でも楽しみの多いレースだった。

※地図は許可を得て掲載しています。


田舎の生活その74

今年の冬は雪が多い。それは確か。川根本町の里にも雪が何度か積もった。当地は静岡県内では寒い地方として有名なので、静岡市内に住む人には雪が多いでしょとよく言われるが、山の上ならまだしも、里にまで雪が積もるのは珍しく、移住して6年目になるが今年で2回目の経験だ。

ただ関東地方に雪を降らす南岸低気圧では雪は降らず雨になる。雪になっても積もるほどではない。しかしその後に吹き込む寒気によって雪になることが多い。北陸を大雪にする雪雲は途中にあるいくつもの山脈ですっかり乾くはずなのだが、大気に湿気が残ってしまうからなのかしらないが、東京で雪が上がるころに雪が降り出すパターンが多い。

寒さに比例して風邪をよく引く。治っては引き、治っては引きを繰り返し、昨年末ころからずっと風邪を引いているんじゃないかという気さえする。たいていは子どもの風邪をもらってしまうパターンだ。子どもにとっては風邪を引くたびに免疫が出来て身体が強くなっているんだろうなという気がするが、僕にとってはもはや身を削るだけの辛い日々にしか感じられないのが悲しいところだ。幸いまだインフルエンザにはかかっていない。

日々のトレーニングもなかなか効果が目に見えず、焦りを感じてしまうときもある。オリンピックで活躍する選手たちの努力の日々を目にすると、こんな状況で世界を目指してよいのだろうかという気にもなってしまう。しかしやっぱりあの憧れの舞台に立ちたい。オリエンテーリング世界選手権へ向け、競技活動を再開した。


田舎の生活その73

平成も30年を迎えた。この元号が終わることが分かっているせいか、10年、20年のときよりも感慨は深い。成という字が入っている元号が終わってしまうことへの寂しさかもしれない。

昨年末に相撲をネタに記事を書いたら年明け早々、伊之助が醜態を晒してくれた。まったく。テレビの話題なんでわざわざここに書く必要もないでしょ、ということか。

さて、年が明けてからしばらく地域の行事が続いた。1日の元旦祭、7日には消防団の出初式、13日には新年祭(どんと焼き)、20日には荒神祭。いずれも形こそ現代風になっているところもあるが、古くから続く行事の名残りでこの地域の歴史や文化を感じることができる貴重な体験である。

興味深い行事は荒神祭(こうしんまつり)である。僕らの住む集落区はいくつかの班に分かれているのだが、その班の人たちで集会所に集まり、午前中に祢宜さんに来てもらい講をする。そして昼からは皆で新年会を行う。どうやら庚申の日に神仏を祀って会食しながら徹夜する庚申待(こうしんまち)という行事に由来するもののようで、班の中でも最も重要な行事の1つと言われた。さすがに今は新年会は飲食店にて行い、徹夜で飲み食いすることもないが、かつては料理も酒も自分たちで用意していたそうだ。班によってはやらないところも増えているようで、さらに町内でもやっていた集落とそうでない集落とがあり、その伝承度合の違いは地理学的にも興味深く、もうちょっと調べてみたい行事である。

荒神祭の請で祀られるもの。後ろにある紙垂は高神、水神、かまど神、山神、えびすなどの4つの神様を表し(家によって構成が違う)、祢宜さんの祈祷のあと各家庭に祀られる。

田舎というとこういう地区の行事が多いという印象があるかもしれないが、消防団に入っていなければ出初式は関係ないし、元旦祭と新年祭は行けるなら行けばよいくらいの感じで、出来るだけ出てほしいと言われたのは荒神祭だけである。年間を通じてもできるだけ参加を求められるのは3月の常会(班の集まり、班長を交替する会合)と夏の道人足(道路清掃)くらいで思っていたよりも少ないというのが実感だ。これが班長や氏子当番になればまた違ってくるのかもしれないが、それも今のところは7~10年に一度くらいの間隔で負担感は少ない。(人が減るとどうなるか、という問題はあるが)

消防団に入っていると毎月のポンプ点検や消防研修、消防大会に向けた練習などがあって全部やるとなるとそこそこ大変かもしれない。僕は仕事や競技のこともあり都合がつくときだけ出させてもらっているのだが、都合のついた今年の出初式ではポンプ車操法の指揮者を務めることとなった。

で、11月下旬から週2回、夜に集まって2時間近く練習する。すっかり寒い時期、それを聞いたときはだいぶ気分が重かった。個人的にはこの時間をトレーニングに充てられたら、という気持ちもあったし。ただやるからにはしっかりやりたいという気持ちと、身体の使い方にはランニングに活かせる部分もあり、始まると熱中しあっという間に時間が過ぎていた。また入団こそしていても操法を何も知らない役立たずだったが、これを通じて理解が進んだこともあり、万が一の時に何かしらできるだろうという自信も芽生えた。

出初式恒例の一斉放水

このような行事があるということは面倒な面があることも確かだが、僕のような移住者にとっては地域に住む人たちの顔や名前、バックグランドなどを知る(知ってもらう)ことができる貴重な機会でもある。そう思うと、こういう地区の伝統的な行事は、もともとは新しく住み始めた人と元から住んでいた人を結び付けるために始まったものではないかとも思うわけである。

また全国各地の山間部に赴き仕事をする身としては、そこに住む人たちが何を大切にしているのか気づけるようになる、というメリットもあるのであった。


田舎の生活その72

すっかり冬に。

さて、ここ最近話題に事欠かない相撲協会であるが、騒動が起こる前に放映されたのであろうNHKのプロフェッショナルで大相撲裏方スペシャルが撮りためてあったので流し見した。床山と呼び出し、行司の3人が取り上げられ、行司は立行司の式守伊之助。力士が気合を入れて土俵に上がるのと反対に、彼はできるだけ平静に土俵に上がろうと準備をする様子が映っていた。

しかし数年前に立て続けに軍配差し違えをしてしまったという。しかも(回数はうろ覚えだが)3回目は過去2回の間違いを気にするばかり土俵際にだけ目をやってしまい上体を見ておらず、明かな差し違えという失態だった、と。立行司は短刀を指しているのだが、それは差し違えれば切腹覚悟という意味があるとのことで、立て続けの差し違えに彼は現代の切腹、職を辞すことを考えたそうだが、当時の北の海理事長の計らいもあり休場のみとなり、今も立行司を続けている、と。

失敗しないことも強さだが、失敗しても胸を張って続けられることもまた強さの1つだと思う内容だった。スガシカオの歌詞が沁みる。真剣に見ていたわけではなかったが、妙に心に残ったのだった。

テレビの話題を続けると大河ドラマ直虎も終わってしまった。前にも書いた気がするが静岡ローカルなところも多々あり、当初予想していたよりも興味を引き、すっかり見入ってしまっていた。静岡戦国ロゲなんてなかなか楽しめそうだ。2019年の今川義元公生誕500年祭はチャンスではないか。

この冬、わが家にはペレットストーブが導入された。久しぶりに日曜大工もして入口のアプローチを手直ししたりも。来年はもうちょっと田舎ライフを楽しもうと思い、畑の再開を計画している。まずはじゃがいも、枝豆、さつまいもかな。

よいお年を。

ペレットはオリエンテーリングでお馴染みの富士山麓の間伐材からできたものを利用。あの伐採道に落ちていたものかと思うと感慨深い。できれば川根でも作ってほしいが。。。


全日本リレー2017

全日本リレーオリエンテーリング大会。昨年は不参加のため2年ぶりの出場。慣例として全日本リレーは国体開催県で開催される。今年はふるさと愛媛で国体が開催されたため、この大会も愛媛開催の予定で一時はそのようなアナウンスもあったが、諸般の事情であろう、隣県香川での開催となった。

静岡に居を移してからはずっと静岡県チームで出場していたが、実は昨年の大会に愛媛県で出ないかと同郷の松尾怜治くん(東大OLK)に誘われていた。昨年は参加できない事情があり企画は流れてしまっていたが、今年は愛媛開催という情報が出たこともあり、ぜひ開催県からチームを出して大会を盛り上げようということとなり、もう1人のメンバー集めをすることとなった。

古くを辿ればオリエンテーリング界には愛媛県関係者が多数いるのだが、せっかく走れる2人が揃っているので上位で勝負したいという気持ちもあり、インカレ入賞経験があり、卒業後も大会に参加している宮本佳記くん(朱雀OK)にアプローチして、ひとまず1チーム組むことができた。

スタート前に3人で

さらに大会3週間前のインカレで松尾君が優勝し、インカレでの実績だけならかなり強いチームが編成されることとなった。またこれはやや残念なことだったが、四国他県からチームが出ないということで四国唯一のチームということにもなり、選手宣誓の名誉に預かることとなった。

しかし時を同じくして人生初の骨折(足の指)をしてしまう。大会1週間前になっても痛みは引かず、歩くのがやっと。個人レースとして6月の全日本と並ぶターゲットレースに据えていた全日本スプリントは泣く泣く欠場することに。この時点では走れるようになる気がせず、全日本リレーも歩いてまわり愛媛県として何とか記録を残すことを現実的な目標にするしかなかった。そのため走順も3走にしてもらった。(当初は1走松尾、2走小泉で優勝争いを演じ会場を沸かせ、最後は宮本君にできるだけ頑張ってもらうという作戦だったのだが。。)

ところがラスト1週間で状況はだいぶ改善し、直前の様子を見てちゃんと走ることにした。無理をすれば悪くなる可能性も指摘されたが、四国開催の大会で愛媛県として選手権クラスで争うチャンスは残りの選手生命をかけてもよいくらいの価値があると考えた結果であった。なにより悪くなることはないくらいに回復していることを自身で感じられたのが一番の理由だった。

快晴の国営讃岐まんのう公園を舞台にレースは始まる。1走の松尾君はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い、全日本チャンプらを抑えて見事トップゴール。2走の宮本君はかなりプレッシャーがかかるシーンだったろうが、焦ることなく淡々とレースをこなしてくれた。順位こそ落としたがそれは想定の範囲内。そしてその想定では静岡県との“みかん対決”になるだろうと読んでいたが、まさにその通りとなり、2分程度の差で僕が先行してスタートすることとなる。静岡は長縄選手。静岡県の4連覇に貢献してきた元同僚、相手にとって不足なし。

走り出したら足の痛みよりも、あまりの身体の重さに落胆する。これまで多少のブランクで衰えを感じることはなかったのだが、年齢のせいだろうか。ベテラン選手がケガが原因で一線を退く理由を痛感する。序盤で既に捕捉され、じりじりと差が縮まっているのを背中に感じ、10番のロングレッグでとうとう追い抜かれる。しかし抜かれてからが勝負でしょう。相手のペースに合わせて食らいつく。パターン差もあり一時は姿が見えなくなるが、15番で背中を捉えて加速、ぴったり背中に付き誘導区間で最終2レッグを先読みし、勝負をかける。

会場を抜け18番へ続く道。長縄がぐるっと回る。その隙をつくようにショートカットして前に出て、先読みしてあるアドバンテージを活かし最短ルートで19番に向かいかろうじて前をキープ。さらに最終コントロールで千葉県を捉えてそれを目標に駆け、なんとか逃げ切ることができた(千葉県にはわずかに届かず)。

結果は9位で男子選手権としては愛媛県史上最高の1桁順位を獲得(愛知県が上位2チームに入っているため都道府県別としては8番目)。終始静岡県と争うことになってしまい複雑な心境でもあるが、久々にリレーらしい展開を堪能することができた。コースも整備された公園内での開催ということでフォレストオリエンテーリングと呼ぶには苦しいところもあったと思うが、テクニカルなレッグやルートチョイスを問う勝負レッグが適度に配置され、リレーのお手本のようなコースであったと思う。また会場の使い方もうまく、四国で立派な全日本を開催していただいた運営陣に感謝したい。

また愛媛県チームとして一緒に走った2人にもあらためて感謝。最近1人で大会に参加することが多く(そもそも大会に参加することが少ないのだが)、一緒に宿に泊まったり食事をしたりしただけでも久しぶりで楽しかったが、これまで面識もほとんどなかった2人に愛媛ネタが通じると古くから付き合いがあるような親近感を覚えられたのは同郷出身者同士だからこそだろう。そしてチームを組むだけなら過去にもチャンスはあったが、今回こうやって勝負できるチームで出られたことが競技者としては何より嬉しかった。

先述の通り愛媛県関係者は何人もいて、現在も毎年数人は大学に入ってオリエンテーリングを始める出身者がいるようなので、今回の出場を機に今後も出身者が集まって継続的に(断続的にでも)出場し全日本リレーを盛り上げてくれるとよいなと思う。僕自身は居を構える静岡県に軸足を置くことになるだろうが、いずれはそうやって集まった愛媛出身者で愛媛大会を企画する可能性を感じることができたのも大きな収穫であった。

レース翌日にレントゲンを撮り、異常ないことを確認。その後も順調に回復中。完治させたらまた一から作り直していきたい。