田舎の生活その73

平成も30年を迎えた。この元号が終わることが分かっているせいか、10年、20年のときよりも感慨は深い。成という字が入っている元号が終わってしまうことへの寂しさかもしれない。

年が明けてからしばらく地域の行事が続いた。1日の元旦祭、7日には消防団の出初式、13日には新年祭(どんと焼き)、20日には荒神祭。いずれも形こそ現代風になっているところもあるが、古くから続く行事の名残りでこの地域の歴史や文化を感じることができる貴重な体験である。

興味深い行事は荒神祭(こうしんまつり)である。僕らの住む集落区はいくつかの班に分かれているのだが、その班の人たちで集会所に集まり、午前中に祢宜さんに来てもらい講をする。そして昼からは皆で新年会を行う。どうやら庚申の日に神仏を祀って会食しながら徹夜する庚申待(こうしんまち)という行事に由来するもののようで、班の中でも最も重要な行事の1つと言われた。さすがに今は新年会は飲食店にて行い、徹夜で飲み食いすることもないが、かつては料理も酒も自分たちで用意していたそうだ。班によってはやらないところも増えているようで、さらに町内でもやっていた集落とそうでない集落とがあり、その伝承度合の違いは地理学的にも興味深く、もうちょっと調べてみたい行事である。

荒神祭の請で祀られるもの。後ろにある紙垂は高神、水神、かまど神、山神、えびすなどの4つの神様を表し(家によって構成が違う)、祢宜さんの祈祷のあと各家庭に祀られる。

田舎というとこういう地区の行事が多いという印象があるかもしれないが、消防団に入っていなければ出初式は関係ないし、元旦祭と新年祭は行けるなら行けばよいくらいの感じで、出来るだけ出てほしいと言われたのは荒神祭だけである。年間を通じてもできるだけ参加を求められるのは3月の常会(班の集まり、班長を交替する会合)と夏の道人足(道路清掃)くらいで思っていたよりも少ないというのが実感だ。これが班長や氏子当番になればまた違ってくるのかもしれないが、それも今のところは7~10年に一度くらいの間隔で負担感は少ない。(人が減るとどうなるか、という問題はあるが)

消防団に入っていると毎月のポンプ点検や消防研修、消防大会に向けた練習などがあって全部やるとなるとそこそこ大変かもしれない。僕は仕事や競技のこともあり都合がつくときだけ出させてもらっているのだが、都合のついた今年の出初式ではポンプ車操法の指揮者を務めることとなった。

で、11月下旬から週2回、夜に集まって2時間近く練習する。すっかり寒い時期、それを聞いたときはだいぶ気分が重かった。個人的にはこの時間をトレーニングに充てられたら、という気持ちもあったし。ただやるからにはしっかりやりたいという気持ちと、身体の使い方にはランニングに活かせる部分もあり、始まると熱中しあっという間に時間が過ぎていた。また入団こそしていても操法を何も知らない役立たずだったが、これを通じて理解が進んだこともあり、万が一の時に何かしらできるだろうという自信も芽生えた。

出初式恒例の一斉放水

このような行事があるということは面倒な面があることも確かだが、僕のような移住者にとっては地域に住む人たちの顔や名前、バックグランドなどを知る(知ってもらう)ことができる貴重な機会でもある。そう思うと、こういう地区の伝統的な行事は、もともとは新しく住み始めた人と元から住んでいた人を結び付けるために始まったものではないかとも思うわけである。

また全国各地の山間部に赴き仕事をする身としては、そこに住む人たちが何を大切にしているのか気づけるようになる、というメリットもあるのであった。

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