フォトロゲイニングNIPPON 島田2014

フォトロゲイニングNIPPON、今年の第3戦、島田大会へ参加。チームメイトはなんとこの夏TJARを3連覇した望月将悟さん。いつもチームを組む柳下さんと対決したい、そして将悟さんと組ませてもらえれば勝つチャンスも大きい!ということで、ゆかりのある大井川沿いで開催される島田フォトロゲでチーム奥大井を組むことになった。
柳下さんは市岡さんとのMASE+Aチーム。体力面ではこの2人はほぼ同じくらい、きっと僕もよく知るいつもの柳下さんのペースで回って来るだろう。一方、将悟さんは柳下さんが引きずられるレベルなので一段階上。ロゲの戦略面では柳下さんが一枚上手、細かなナビゲーションでは柳下さんと僕はほぼ同等。そして両チームの対決に割って入りそうな君と僕の田中・谷川ペア。体力、ナビともやはり同等で、かつ粘り強いチームなので同じ回り方になった時は特に注意が必要となりそう。ともかく僕が将悟さんのペースに付いていければ1つ抜け出られる。そして僕が苦しくなるのは3時間目。そこが勝負所!と覚悟して臨んだレース。
地図をもらって作戦タイム。大きく範囲が変わる(南へ行くか)と踏んでいたのに意外や8割方同じ範囲。何気にわが町、川根本町内にもポイントがあるのは嬉しかった。まずは2人でそれぞれ作戦を考える。
エリアはざっと5つ。川根本町内の一番北の塊、最南端の塊、西の山、そして中央部に2つ、笹間渡から地名にかけての左岸側と抜里の右岸側。抜里周辺は得点も低く、1つ1つは近そうに見えるが地図上の道しか使ってはいけないルールなので意外と距離があり効率が悪い。昨年もあった59方面、ここはこのうねうねとした道が長く険しいため無理していく必要はない。ピストンが必要な67と43がいやらしい。思いのほか時間がかかるようならば行って損する結果になる可能性はあった。逆を言えばそれ以外の部分は取りこぼしたくない。他を回って後半の時間を見て43方面へ行けるかどうか決めるのが一番よい作戦だろう。
ただ前半に険しい部分をこなし、後半は時間の読める範囲を攻めるのがセオリー。まず西の山を攻めて北に上がり、大井川左岸を下ってくるというプラン。多分柳下さんたちはそれだろうと思う。そして将悟さんは逆まわりを提案してくるのではないかとも思う。果たしてその通りであった。彼の感覚ではこのくらいの山では後半の疲れなど関係ない。60の山まで上がってそこで時間見て34や42へ行けるかどうか決めましょう、という話になった。そう、それがベストのプランなのだ。勝つためには賭けにでなければならない。どこまで行けるかわからないけど、将悟さんの力を借りてなすぞ打帝!と覚悟を決める。
スタート直後、ライバルチームが西へ進むのを見る。将悟さんが「右行け、右」「よし右行った」「運命の分かれ道になりましたね」と言葉を続ける。楽しんでいるのが分かり一安心。実はほとんど絡んだことのない2人、どんな会話をしようかとレースのこと以上にそっちが気になっていたりもした。序盤、仕事のことやトレーニングのことなどを少しお話し。だけど会話らしい会話はそんな程度か。まぁこれはどの人と組んでも同じことで段々真剣モードになっていき必要最小限の会話に留まるものだ。
しかし振り返ってみると序盤いくつか細かな判断ミスをしている。主にルートチョイスに関わることで7、9まわりで無駄なルートを通っている。道をよく知っていることが仇となった。ホームであるが故のデメリットか。一方でホームであるが故の望月選手大人気ぶりは想像以上であった。
なんだかんだでペースは変わらずほぼ時速12キロで2時間経過。後半に山があるのでさすがにちょっとペースは落ちるだろうから55キロ前後で勝負は決まり、55キロを越えることができれば勝ちだろうと見積もる。身体は持つか、、?苦しい時間の始まりを山の上近くで迎えられればなんとなかなるはず。だからこそ楽な今のうちにペースアップを図りたい。と思った矢先、24を取って地名トンネルを北上しているときに将悟さんがペースアップ、キロ3分近かった。コンクリートの下りで筋肉へのダメージも大きく、これは後で来る。「待って~」と言えればよかったけれど、先のプランのこととやっぱりどこかかに遠慮があって言い出せなかった。
ちょうど半分の折り返しが31のユースホステル。脱出でMASE+A、少し遅れて君と僕、レース運びはほぼ同じだろう。後半で勝負が決まるのは確実。ペースは変わらずどんどん北上し、折り返して右岸を下る。3時間目でちょうど山の登り口。しかしここでがくんと来る。ああ、がんばらなきゃ、という気持ちはあるものの体がまったく言うことを聞いてくれない。将悟さんの得意な道でまさに足を引っ張るかのようにペースダウン。なんとかキロ8で持ちこたえるも40を過ぎたところでさらに動かなくなり、口に入れたものを吐き出す始末。ここまでやられたのは初めてかも。
結局60までの登りはほとんど歩きでキロ10分程度、登り口から50分近くかかる。さらに60の展望台の階段で両足痙攣となり5分ちかく動けない状態に。さらにさらに留まっていたのが災いしてか低体温のような全身痙攣を覚える始末。あぁ、情けなすぎる。申し訳なさすぎる。ここで残り1時間、会場へ戻るだけしか選択肢はなくなる。エースを敗戦処理登板させるかのような申し訳ない気持ちでいっぱいに。
しかし将悟さんが水飲み場を見つけてくれ、食べ物を流し込むことができやや復活。下りはなんとかペースを戻せる。頭も戻ってきたので元気だったらどのくらい行けただろうと計算もする。67はどう考えても無理。34と43両方を行くのはさすがに将悟さんのペースでも厳しくないか?いや、彼なら行けてしまうのかも。しかしライバルチームには難しいはず。34の方が距離はあるが登りは少ない。どっちを行っただろう。いや、どちらも捨てて6、12、8、4、10、3と街中を攻めるほうがお得か。しかしそう考えると序盤に7ではなく10を取っておくべきだったか。そもそも街エリアで最後に時間調整するなら東から入ったほうが効率がよいからやはり最初に西に行くのが正解だったか。いやいやそれはあくまで常識の範囲。常識外れの将悟さんのペースならそんな作戦も無意味になるはずだったのに。
とかなんとか考えているうちに5分残しでフィニッシュ。しばらくしてライバルチームも戻ってくる。様子を聞くと思ったよりも接戦で、チーム奥大井は3位であった。望月ファンからの冷たい視線を勝手に感じてしまう勢いだったが、当の本人はとても楽しかったと言ってくれたのが唯一の救いであった。付き合っていただいだ将悟さんには本当に感謝感謝。チーム奥大井再結成を目標に、体力はもちろん、相手が誰であれ遠慮なく弱音も吐けるメンタルの強さ(なんか矛盾しているけど!)も身につけるべく精進したい。
しかし今年はシーズン初めからどんなレースでも3時間目でガクンとくる症状が出てしまい最後まで対応できなかった。それ以前はもうちょっと粘れていたのになぜなのだろう。原因としては次の4つくらいが考えられる。①トレーニングの内容、②ペース配分、③補給の仕方、④体質。
①と②は関連していて、90分間ガツンと走れるようになるトレーニングを重視していた。頭からハイペースで入る走りをしているため長い時間動くことに体と頭が慣れていないというのがあるだろう。だけど一方で長時間のトレーニングしなくても最後まで走り切れる人も多い。そう考えると補給の仕方が上手ではないのかも。将悟さんでも柳下さんでも、一緒に走っていてもいつ補給をしているのかわからないけど、でも確実の補給をしている。かつその1回ごとの補給量はあまり多くもない。どういう補給をすれば身体が持つか、自分の体質をよく理解しているのだろう。装備の詰め方を含めて、その点で僕はまだまだのように思う。
とにもかくにもこんなに素晴らしい機会をいただけたみなさんにあらためて感謝!
20141116shimadaroge
1時間目 積算12km 12km/h 65pt/h
2時間目 積算24km 12km/h 158pt/h
折り返し 積算30km(31番)
3時間目 積算36km 12km/h 223pt/h
4時間目 積算42km 6km/h 100pt/h
ゴール  積算52.6km 11km/h 58pt/h
全体(4:54:47 658pt) 10.6km/h、132.6pt/h


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