全力ツアー2008Plus ~WOCリレー~

 いろいろなことをまとめる前に、世界選手権のリレーのことについて書いておきたい。多分それは自分自身のためになるという予感がする。


 今年はリレーを走りたかった。昨年は個人戦の結果からリレーを逃げてしまったこともあり、しっかり走って結果を残しておかなくては逃げっぱなしの人生になってしまうと思ったからだ。チェコでの個人戦が終わったあと、男子メンバーで話し合いをした。個人戦の結果は残念ながら誰が走っても結果はそれほど変わらないというもので、なかなか話し合いが進まなかった。1走は大助さん。彼の走力と過去の実績は誰もが認めるものであり、そこだけは決まっていた。そして負傷の紺野さんがひとまずはずれる。2、3走をどうするか。いろいろな話や想いが出たが、決め手に欠いた。自分自身も気持ちだけは負けない自信はあったが、結果的に誰よりも良いパフォーマンスを出せる、という自信は正直なかった。辞退したほうが楽になれる、一瞬そういう思いが浮かんだ。でも逃げてはいけない。その話し合いの間、ずっと自分との戦いだった。だから誰がなんと言ったかはあんまり覚えていない。結局、「ロングで高いパフォーマンスを見せている鹿島田さんが3走でよいのでは」という大助さんの一言で一気に話が進んだ。2走はまだ流れの中で走れる可能性がある、1走の経験がありリレーへの対策もしてきた小泉で、そういう感じだったと思う。実はその決定が下った後でさえ、「やっぱり辞めます」という弱い自分との戦いが続いていた。しかし自分との戦いには勝利した。さあ、あとはしっかり走るしかないぜ、覚悟を決めて眠る。
 リレーまでの2日間は気持ちを高めるための準備だった。ミドル翌日は疲労感が残り、自信より不安の方がまだ強かった。そしてリレーの前日、リレーと同じ会場を下見するためロング決勝を観戦に行った。ロング決勝はまさにキング・オブ・オリエンテーリングを決める舞台である。トップ選手でさえヘロヘロになってゴールする戦いに興奮する観客たち。ふと初めて世界選手権を観戦した2003年のスイスを思い出した。あのときは地元スイスのトーマス・ビューラーやシモーネの大活躍があり本当に盛り上がった。今でこそ競技の公平性にも関わる過激な演出に疑問を感じることはあるが、当時、選手でもなかった私にとってはショーアップされたそれは本当にきらびやかで憧れの舞台であった。そしてそのときスプリントで市街地を走る大助さんや、リレーで1走を走った鹿島田さんは憧れの存在だった。まずは彼らのようになる、そこから私の挑戦は本格的に始まったようにも思う。その2人と同じチームで走れる。そう思うとなんだか嬉しくなってきた。良い走りをするための準備はしてきた。気分さえ盛り上がってくれば恐れはない。気持ちが高ぶり、フィジカルが良くなっていくのが感じられた。
 リレー当日。先にスタートした女子の様子を宿舎のネットで見てから会場へ向かう。番場も良い走りをしている。負けてはいられない。会場に着いた頃、ちょうど女子の3走がスタートしていった。スイスの後ろ、少し離れたところからチェコ、ノルウェー、フィンランドなどが追う。追う3人はいずれも今大会各種目のゴールドメダリスト。なんと豪華なリレーなのだろう。会場のスクリーンには森の様子やGPSトラッキングの地図が映される。それを各国の男子リレーメンバーはみんな見つめている。すでに戦いは始まっているのだ。フィンランドのミンナのGPSは調子が悪いらしい。ときどき信号が消え、画面からいなくなってしまう。そして次に現れたとき、スイスとの差が縮まっている。その様子はまるでワープしているかのよう。ものすごい猛追。その気迫に押されたのか、スイスがミス。ミンナが一気にトップに立ちそのままゴール。
 日本女子アンカーの加納さんがスタートしてまもなく、男子のスタートが近づく。自分の準備をしつつ、1走を見送る。途中経過タイムでは大助さんは程よい位置につけてくれている。後半になって上位陣だけがグループとなり、後続は少しバラける展開。すぐ手前にニュージーランド(NZL)、ちょっと後ろにブルガリア(BUL)、そんな状況で会場に戻ってくる。事前に調べた情報からNZLの2走ロス・モリソンは格上、BULのカメナロフは個人戦で15~20位になることが多く、日本選手とほぼ同等かちょっと速いくらい。だから序盤でNZLをうまく使ってスピードに乗りできるだけついて行く、一人になってしまっても焦らずペースをキープし、BULに追いつかれたらそれを使って走る、BULの3走はエースでトップ選手のキリル。彼と鹿島田さんを同じ位置でスタートさせられれば、3走も流れに乗れるはず。そういう戦術で走り出す。
 予定通り最初のコントロールでNZLに追いつき、序盤のエリアはNZLのペースを使ってうまくこなす。中盤のロングレッグへ向かう手前で引き離されてしまうが、焦らずに走り続ける。ロングレッグは問題なくこなし、次のレッグでヤブに少しはまりペースダウン。フォーキングの違いでそこまでコントロールが1つ少ないBULに追いつかれる。ここからが勝負。きっと足は速いであろう彼にどこまで喰らいつけるのか。しかしその不安は意外と早くに消えた。確かに速いがついていける。そしてルートチョイスが下手だ。さらには登りが遅い。追いついたり、追い越したりを繰り返しながら終盤の最終ループへ。ここでも彼はミスをしてくれて、オープンに出るまで先行。しかし最後のオープンに出たところであっという間に加速され追い抜かれ、引き離されてしまった。同時とは言えないタイム差で鹿島田さんにタッチ。キリルとスタートしてもらいたい、という作戦は失敗した。しかし最後は差が広がらなかったので、オープンに出たところでの一瞬の加速の差。ゴールレーンではなくてその手前で勝負をかけられ負けたのが悔しくて、レース直後はいまいちなレースに感じられたが、時間が経つにつれ良いレースをしたという実感が沸いてきた。
 レース展開は3走のエース・ジョルジュが快走するフランスがトップに抜け出し、後続と1分弱の差で最終ループに入る。彼の実力ならば間違いなく優勝、というところで彼のGPSデータが奇妙な動き。ミス? さらにGPSの消息が途絶える。追うイギリス、ロシアは先に進む。TVコントロールに最初に現れたのはイギリスのジェイミー! 数十秒の差で2連覇中のロシア。ジョルジュは?? 次の瞬間、とぼとぼ森の中を歩くジョルジュの映像が映される。「何があったのか!?」というアナウンス。ケガか? しかし目立った外傷はなく、足を引きずるような様子もない。SIチップをなくしたのでは、という話も飛び交ったがTVカメラは彼のSIチップをしっかり映す。挙句の果てにはコントロールを飛ばしてしまいヤル気がなくなったのでは、という憶測まで飛び出す。どんどんと後続に抜かれるジョルジュ。しかしその表情はいつもどおりクールな顔のまま。「ナビゲーションマシーンが止まってしまったようだ」という誰かの言葉はとても的確な比喩に感じた。結局優勝はイギリスが初の栄冠。ロシア、スイスと続く。ジョルジュは相変わらず歩き続ける。会場へ続く牧草地をゆっくりと、コントロールをしっかりパンチしながら。会場に姿を現し、フランスのコーチが近づく。そしてラストコントロールをパンチすることなくリタイア。昆虫に襲われた、というアナウンスが流れる。会場に待機していた救急車が近づき、しばらくして到着した救急ヘリで運ばれた。後から聞いた情報だと、ハチが口の中に入って体内から刺されてしまったという。いったいどれほどの痛みなのだろう。しかし彼は表情ひとつ変えず、もしかしたら命に関わるかもしれないのに、チームのため、国のためにゴールを目指した。彼は既に英雄だが、さらなる英雄として後世まで語り継がれるにちがいない。
 どよめきが静まり会場が表彰式モードになろうとする頃、鹿島田さんが帰ってくる。22位、いつくかのアクシデントがあっての順位だが3人制になってからは愛知の18位に次ぐ、海外での最高順位だ。カナダやスペインなどこれまで勝てるはずなのに負けていたチームにも勝った。今の日本男子が獲りうるベストリザルトだと思う。しかしその先、20位まではまだ10分以上ある。平均しても1人3分以上のレベルアップが必要となる。その壁はまだまだ厚い。しかし、日本チームが挑戦者であるのならば、この壁を越えたいと思うはずだ。そして目の前に迫るこの壁を越えることが出来れば、その次の壁はさほど高くはないだろう。実感を持って感じることが出来る目標を示すことができたことに、このリレーの大きな価値があったと思う。


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