全日本リレー2019

全日本リレーオリエンテーリング大会の日本選手権クラスに静岡県代表として第1走者として出場した。

ときわ走林会時代のホームグラウンドの1つ、笠間での開催なので出てみたかったが、今年は静岡県選考会にも出られず、10月の全日本以来オリエテーリングをしていない、かつ前日夜まで京都で結婚式に参加しているという状況で、さすがに出場は厳しいと思っていたのだが、チームの理解と家族の協力を得て出場が叶うことに。

目標は優勝で昨年に続く連覇を狙う。チームメイトは春に行われた全日本大会チャンピオンの伊藤と先月開催されたインカレ(学生)チャンピオンの大橋。チャンピオン3人を揃える強力な布陣。3人とも得意不得意な走順もなく、走順決めは逆に悩ましかった。ただライバルも強力だが自分たちのパフォーマンスをしっかり発揮すれば目標に近づけるのは確実。自分たちのパフォーマンスをしっかり発揮する状況を作りやすい走順を考えた結果、小泉-大橋-伊藤にする。3人の中では僕はスピード面でやや劣ることから1走で確実にトップに近い位置で帰ってきて2人につなぐことに。大橋、伊藤の順番もどちらがよいという決め手はなかったが、伊藤がややコンディションに不安があり集団走に自信がなさそうだったので集団がばらける可能性が高い3走に配置した。

このときに僕自身は「去年と同じ感じで走ればいいか」というちょっとした気の緩みのようなものを感じていて「気を引き締めなくてはいかんよ」と自分に言い聞かせたのはよく覚えているのだが、結局引き締めるタイミングを逸したまま当日を迎えてしまったのかもしれない。

土曜夜。ホテルに帰って子供たちに寝る準備をさせてからの夜行バスで京都から茨城へ。バスで眠れないことも予想はしていたがよく眠れる。2駅手前で降りて歩いて会場入りして身体をほぐす。そんなこんなで予定より早めの到着。1走スタートラインに立つという最初の難所を無事にクリア。

事前の走順を見るとライバルは愛知勢と首都圏チーム。1走は若手の足の速そうな選手も多かったが、珍しく今回はフィジカル面で不安を感じなかった。身体の調子がよいこともあっただろうし、かつて練習会でよく使った慣れ親しんだテレインであることも気持ちを落ち着かせた理由の一つかもしれない。

スタート直後にいきなり狭い階段を登るレイアウト。そこでの出遅れは避けたい。出来れば先頭付近に立って自分のペースで登りたい。スターターの山西会長の指を見てコンマ数秒だけ早く動き出そうと視線を集中。その甲斐があったかはわからないがトップ下すぐの所につけられる。スタートフラッグまでは長めの誘導。コースは対策で組んだコースにかなり近い。階段を登るうちに序盤レッグのプランニングも終わったのでポジション取りを考える。先頭は最大のライバルと思われる愛知1の種市。ペースをあげて数人抜き、彼の真後ろについて森へ入る。ファーストレッグはパターン振りがあるが種市と同じ方向へ。地図よりやぶで苦戦するがナビゲーション的に問題はなく次の山塊へ。

道に出る。パターン振りでハズレを引いたか、前に何人かいてその集団の最後尾に付く。集団のペースを使わせてもらいつつアタックへ。アタックポイントの分岐が地図で読むイメージと合っておらず不安を持ったままだが尾根に取り付けばわかるだろうと手前の沢を切る。

沢の中の岩付近に隣接コントロール。位置を特定でき不安解消。しかし尾根に上がるも傾斜変換もフラッグも見えず。尾根の下の方にいる選手が探しながら上がってくる様子を見てまだ上かと上へ向かう。が、ない。少し右往左往してリロケートを試みるも確信を持てず、周りにまだうろうろしている選手が数人。「ひょっとして」とパラレルエラーを疑い出す。アタックポイントにした道分岐手前で道を外れていて、1つ東の沢の中のコントロールを見たのか、と。ゆえに西へ移動。しかし西の尾根は益々ぼやけていて遂に自信はゼロとなり完全ロスト。確信を持てる場所を求めてピークまで上がってようやく自信を持ち直し尾根を特定して下る。ここしかないと言い聞かせながら下り続けてようやくコントロールに到達。

全体的にこの場所でミスする選手は多くトリッキーであったことは確かだろう。ただこうやって振り返ってみると集団走になった段階で主導権を手放してしまったところがあり、もう少し自分のペースでオリエンテーリングをして不安を感じたアタックポイントで時間をかけておけばここまで迷走しなかったはずだし、その後の走りを考えると、ここで多少遅れても狙い通りの位置で帰ってくることはできたと思うと大変悔いが残る。

ともかくピークに登っている間に周りの選手もいなくなっており完全に1人ぼっち。しかしこの先でも何があるか分からない。チャンスはまだあるはずと気を持ち直して進む。1人になりペースは落ちていることを感じるもリズムは良く復調。焦りから少しもたつく場面もあったが8以降はコースも簡単でよく走れていた。

トップから5分差で大橋へ繋ぐ。何かあればチャンスはまだある。2人の快走と他チームのトラブルを祈る。大橋が順位を一気に上げ、トップとの差も少し詰めて入賞圏内でアンカーの伊藤へ。さすがに上位陣は崩れず5位争いで会場へ。近くには静岡第2チーム。第2チームアンカーの川島も頑張り最後まで接戦となるも、わずかの差で第1チームがフィニッシュ。が、伊藤が隣接コントロール通過のため失格となり、僕たちのチームは順位つかず。しかし第2チームが同じ順位に繰り上がり。静岡県チームとしての層の厚さを感じる結果となった。

優勝は愛知2、静岡2(長縄-松澤-川島)は見事5位入賞

ということで結果はとても残念であった。失格となった遠因は僕の遅れに起因するのは確実で、チーム、特に一緒に走った2人には申し訳ないことをした。少しのブランクや前夜の移動や睡眠など問題なかったと思っていても実際には心理的余裕がなかったのかもしれない。そしてなによりそんな状態でもなんとかなるだろうという過信があったことが大きい。勝負に対しては常に謙虚でいなくては。

今回の結果も大変残念であったが、国内の主要なリレー大会で自分が敗因となる大きなミスを犯したことも大きなショックであった。これまでのインカレ、全日本リレー、OB対抗リレーに7人リレーなどいろいろ振り返ってみたがそのような記憶はない(都合悪い記憶が消えているだけかもしれないが)。個人レースではミスも多いが、リレーはリレー特有の状況をうまく利用して走れる自信があったし、それが自分の強みの1つだと思っていた。リレーでミスをしてしまうとこんな気持ちになるんだな。京都へ戻る新幹線の中で感じたモヤモヤした気持ちは競技生活21年目にして初めての味わう感覚であった。この感覚は今後の自分のためというよりは他の誰かのために活かすことができるような気がする。

追記:そういえば新潟の全日本リレーでもコントロール飛ばしをしたりしてだいぶロスしたことを思い出した。ただその時はチーム全体がぼろぼろで敗因と見なされなかったんだな。。


田舎の生活その95

う~む、今年も残すところ1ヶ月か。

11月も引き続き家にいる時間は限られるので、田舎でのんびり生活を楽しむ時間は少ない。気づけば紅葉が進み観光客がたくさん来ていて、そしてそのシーズンも終わりを迎えつつあり、冬の気配がすっかり色濃くなっている。

この時期、休日に家で仕事をしない日は大変貴重だが、その貴重な休みには子供と畑いじりをするのが定番の過ごし方である。この秋、庭の配置換えを行い、夏までピーマンやトマトを植えていた畑は駐車場の一部となり、これまで駐車場だった場所を畑にすることにした。おかげで畑は面積が大幅アップで日当たり良い場所になったのだが、砂利を引いた大変固い地面のため開墾が大変。

半日でようやく1坪くらい

まずを砂利を取り除く作業。土が見えて来たら耕すのだが、家にあるスコップや鍬では小穴さえ開かないので重いつるはしを借りて来て地面を砕いていく。アレクサンダー・ガーレンの気分。冬の間にもう少し開墾して土を入れ、春先には何か植えたいな。


OMM 2019(UK)2日目とまとめ

夜中のなって雨風強くなり目が覚める。滴もポタポタ垂れて冷たい。夜中の1時過ぎ。そういえばサマータイムは夜中の2時に終わるんだっけ。その瞬間時計がどうなるか見てやろうと思うもウトウトしてしまいその瞬間を見逃す。気づいたら目覚めたときと同じ時間に戻っていて無限地獄にいる心地になる。

その後もウトウト。雨風が強くなったり止んだりを繰り返すタイミングで寝たり醒めたり。

6時。恒例のバグパイプ演奏。起床時間になっても雨風とても強く、少し収まるのを待って(8分くらい)、外へ出てトイレへ。雨が降ったおかげがそこまで冷え込んでいない。最近のJAPANのほうがよっぽど寒い。トイレに行った帰りにスタートリストを見るとスタートが7時12分となっているではないか。トップスタートは7時になっとる。ムウ、案内と違う。

急いで戻りボブを急かしてご飯と片付け。こういうときに限ってコンタクトを入れるのに手間取ったり。7時5分ころにパッキング完了。テントとバナー類は昨日の後半と同じく全部僕が持つ。服はボブが着込んでいるので一旦返す。食料は減ったがテントが濡れたので重さはちょっと軽くなったくらい。ギリギリ間に合うか?スタートは昨日のフィニッシュだというので急いで行くもなんとそこから1キロちかく先。時間通りは厳しい。少しでも早めに出ようと走るが振り返ったらボブがいない。寒さか疲労か動きが鈍い。10分遅れでスタート。

Aコース Day2 距離24.2km/登り1320m

△→1
登り続けるレッグ。相変わらずのヒースだが昨日よりはやや進みやすい。さぁ遅刻を取り戻そうと思うも依然ボブのペースが上がらず。昨日は抜かれなかった混合チームやベテランチームにも抜かれるペースで今日は長丁場になるかも。途中写真を撮ったりしながらのんびり進んでいたら少し北に外してしまう。

朝日を背に上る

トップと15分差、27位の出だし。区間順位は特別ルールだった5-6の30位を除き最も遅い。何より遅刻スタートが痛かった。スタートリストは前夜のうちに確認しましょう。

1→2
ロングレッグ。柵沿いを進むのが早いのかまっすぐが早いのか。昨日の様子からは柵沿いが走りやすい保証はない。ペースも上がらないので距離をできるだけ短縮したほうがよいとまっすぐを選択。途中で雹が降ってきたと思ったら荒野から虹が生えたり幻想的な光景であった。ほぼまっすぐ進めアタック。

虹かかる野を越え

谷を越え

2→3
日が高くなり気温が上がってきたためボブのペースが回復傾向。鞍部を抜けていくルート。

途中でエリートチームを見かけた。6人で行動している。同じチームで誰かを勝たせるために協力しているのだろうか。走っているが草のないところを選んで走っている。何を見てるのか。

アタックは微妙な沢。東の特徴的なピークとの位置関係から僕はやや行き過ぎていると感じたがボブはもう1つ先では、ということで2日間で唯一意見が分かれたところ。周りの選手の動きから一度奥へ行くも見つからず少し戻って発見。思ったよりも下の方についていた。高低差の読み取りが難しい。

3→4→5→6
繋ぎのレッグ。5-6の道路横断箇所は安全確保のため全チーム2分マイナスされるというので多くのチームが道路横断後に休憩を入れる。僕らも休憩。ボブの服装を変えたり、荷物の調整をしたりして2分以上休憩した。この辺りで足がむくみ始めていることに気づく。

6→7→8
7はコンタリング気味に登りながらアタック。手前のピークが容易に分かり問題なくアタック。

8は道に出るのもあるのかと思ったがレッグ長的にまっすぐ。やはり手前の尾根やのっぺりピークが丸見えのためつなぎのレッグが続く感じ。

この2区間は4位、3位と2日目では数少ない1桁ラップ。そんなに早く動きはしなかったが。

8→9
ロングレッグその2。道を使いつつまっすぐめに進みダムの西側を抜けて道路まで出て道を使ってアタックするルート(水色)がまず見える。次にダムの上の道を使ってそのまま道路まで抜け、少しヒースをショートカットして最後の道に乗るルートが見える。だいぶ遠回りだが道のスピードは圧倒的に早いのでそちらを選択。

羊の群れの間を抜ける

ダムに出るまでどうするかかなり悩んだが今のペースを考えればグネグネでも全部道のほうが早いだろうと思い一番近いところまで道で引っ張る。斜面の中ほどにある道がダムまで繋がっていないだろうかと期待したらその通りに繋がっていたときは正解を引き当てた感じがした。ヒースは我慢のペースが続くが、道はボブもなんとかペースを上げられる。がそれでもやっぱり遠かった。

よいルートだったと思うが区間トップと21分差の13位。むくんだ足で硬い道をピン付きシューズで走ったダメージで足の裏が痛くなる。

ダムを通り抜ける

9→10
道を使うだけ。ここからはだいぶ簡単。荒天の中ここまで来ることも想定してのコース回しなのだろう。

10がマーシャルポイントでマーシャルにチームナンバーを告げる。一緒にいたチームの番号が昨日の僕らより1時間ちかく遅いチームだったので今日の結果はいまいちであることを悟る。

10→11
ここも11の南西付近まで道を使っていくプラン。道路を越えたあたりでボブが再び終盤の復活を見せ引っ張ってくれる。海がよく見える中世の砦跡のようで一般の観光客もいた。崖沿いの道が続いておりこれは使えそうと思って辿ると11のすぐ西まで連れて行ってくれた。

11→12
実質最後のレッグ。アタックで使った西側の道が北までもっと伸びていることを期待してみたが残念ながら地図通りでロス。ここでまた登らせるんかい、という感じで最後のヒースもがき。登り始めでボブが再びペースアップ。ついて行くのがやっとになる。平らな所に登ってから西の斜面が見える位置にある尾根を辿ればよいだけなのでナビゲーション的な難しさはない。

12→13→◎
下って道走り。ボブが走る走る。なんとか食らいつきフィニッシュへ。相当頑張ったがスプリットタイムを見るとまだ早いチームがいてAコースのレベルの高さを知る。

なんにしてもついにフィニッシュ。感動のフィニッシュという感じではなかったがよくやったという感覚。計測読み取り後に装備チェックを受ける。サバイバルバッグとファーストエイドキットを見せてと言われて二人でそれぞれ出す。

結果を見ると今日の結果はやはりいまいちであったが、昨日のアドバンテージがあり1つ順位を下げただけで総合成績6位という結果。期せずして前回順位を上回れたのは意外であったが、がんばった甲斐があったと少しほっとする。

そこからは主要なスタッフと話をするも、みんなフィニッシュ閉鎖に向けての一番緊張する時間帯、簡単なあいさつ程度で済ませボランティアスペースで待機。フィニッシュ閉鎖前の会場の様子を見たりしながら休む。コースコントローラーのデイブに聞くと、この広大な範囲の撤収を残り5個だけ残して済ませているというのだからちょっと驚き。歩きなら1つ行くだけでも1時間はかかるのだが。。

会場撤収が進み、ボランティアもパラパラと帰る人も出始めたところで一旦解散となり宿に送ってもらう。送ってくれたおじさんも2週間後にJAPANに来るというので楽しみが増えた。

帰ってからはサンデーパーティー、いわゆる運営者打ち上げ。長い時間かけて前菜、メインディッシュ、デザートとゆっくり進み、それからスピーチが続く。疲れ切っている僕らにはかなり体力の限界で、食事中に周りに座っていたおじさんおばさんたちとお話しするのがやっとでスピーチはもう半分以上聞き取ることもできず就寝へ。

サンデーパーティー

翌朝は配車アプリで予約した車が来ないというトラブルにも見舞われたがタクシーを呼んで空港に滑り込み、なんとか帰国の途に就く。

まとめ

正式な結果
1日目 05位 07:42:58 +0:29:26
2日目 13位 06:49:26 +1:14:58
総 合 06位 14:32:24 +1:30:20
であった。

スプリットタイムを見返すと1日目は6番でトップに立って以降じりじり差を広げられ、そのまま2日目フィニッシュまで差が開いていくという具合。ペースダウンし始めたところからまさに失速したことになる。ボブにとっては不慣れなレースで大変だったろうが、もしそのペースを維持できていれば優勝争いも可能だった。もっともそのペースを維持出来たら今度は僕が最後までもったかは怪しいタラレバ話ではあるが。いずれにしても前回はまったく感じられなかった可能性を見ることができたので、今回の遠征は視察だけではなくレースとしても来た甲斐のあるものだったと感じている。

チームとしてはお互いが辛いときに牽引する・されるというスキルがあればもう少しよい結果を得ることはできたかもしれないし勝負に徹するならそうするべきかもしれないが、今回は二人ともターゲットレースの合間の視察参加なのでそこまでのシリアスさは持ち合わせなかった。

個人の振り返りとしては体力的には前回より走れる部分も少なかったせいか余力があったように思う。補給の仕方などは確実に前回よりよくなっているので距離・時間に対する耐性はできつつある。

ナビゲーションは天候にだいぶ助けられていてこれが視界ゼロの霧の中だったらどうなったか分からないが、まあ押さえるべき箇所はしっかり読めていたし、大きな地形を外さなければ完全ロストすることもないのでたぶん対応はできていただろう。

天候がよかったことで濡れや寒さに備えた装備の評価はできないが、何といってもシューズに改善の余地がある。ボブの失速も疲れ以上に足裏の痛みの方が大きかったという。Nviiでもクッション性のあるマッドレース向けのシューズを開発しているらしいので個人的にはそれに期待したい。

水は快晴でも気温は低いので1.2リッターあれば十分だった。テントはもう少し広い、正確に言えばもう少し高いものの方がよかった。今回借りたテントでは雨の中での着替えや食事がしづらい。

視察目的という意味では、OMMのコースにはやはり過酷さが必要だ。果たして今年は?そして来年以降は?お楽しみに。


OMM 2019(UK)1日目

地図をもらう前にメモが配られる。コース図にマーシャルポイントを印刷してないので何かあったらこれを見ろ、と。マーシャルポイントの緯度経度と連絡先電話番号が書いてある。入れ忘れたな。

Aコース 距離32.8km/登り1160m

地図は会場に見本で置いてあったものよりきれいな色が出ている。立入禁止エリアが分かりやすくてよい。耐水加工もラミネートではなく耐水紙。地図の品質はよくなったぜとスチューが言っていたが確かにそうであった。

△→1
小手調べなレッグ。スタート直後はやや渋滞、かつ人が通ってぐちゃぐちゃになってもいたので、写真を撮ったりしながらのんびりペースでスタート。ボブに4万分の1の縮尺に慣れてもらおうといくつか確認しながら進む。地図にはあっさり適応しているようだ。さすが。

1→2
柵を越え、尾根の上の道を進み、鞍部を南に巻いて、尾根も南に巻いて2のある大きな谷に入るプラン。

ここはボブに先導任す。道があまり進みやすくないので尾根線ではなくピークを巻いていく。はや歩きくらいのペースしか出せないが2のある大きな谷までは無難に行ける。

2があるだろうという場所も見渡せるが川は見えず、もう少し北にある谷っぽいとこですかねぇ、と少し悩むも周辺のピークの位置から山座同定して位置は合ってると把握。その場所に近づくと溝みたいな水路にコントロールがあった。

2番にて

2→3
コンタリングで脱出し、のっぺりピークを越えてアタック。のっぺりピークに上がった時点でコントロール位置が大体特定できてしまう。地面はびしょびしょの湿地っぽい感じが続き、ふかふか下草、所々に溝のような水路が落とし穴のようにあるヒースの荒野。進むのに苦労する。

びしょびしょヒース、のぺりピーク手前あたり

3→4
ボブ先導で直進。ヒースをひたすら進むだけ。天候よすぎ。ルートチョイスもないねぇと二人でぼやきながら進む。ペースははや歩き、平らなところはジョグペースくらいで進む。

後程スプリットタイムを見ると、ここで2位に2分半の差をつけトップに。特段急いだつもりはないがこのくらいのペースでトップ争いできるんだと知れたのは大きい。

4→5
本日最長のロングレッグ。尾根を回るか(水色)、まっすぐ行くかのチョイスなのかもしれないが、ここまで尾根線もずっとヒースだったし、尾根線行っても登りが減るわけではないのでまっすぐを選択。見渡しよすぎてルート維持も容易。とにかく遠い。見えてるのに着かない、ただそれだけ。先導もなにもなくあそこまでまっすぐね、で後は進むだけ。ボブにやや疲労感あり。

この区間のタイムは90分、区間1位とは5分半差。順位は2位で2分半差。

5-6
尾根をいくかコンタリングするか。ここもアップダウンを減らすためコンタリングを選択。途中でOMM道のようなものがあった。スコアコースの人がたくさん通ったようで結果的には尾根のほうがよかったのかも。その道を外れてからはとにかくヒース。アタックはボブに任す。

トップと3分18秒差で4位に。

6-7
送電線や柵ぞいは必ず道か踏み跡があるはずと思ったが実際には地図に描いてある程度しかなし。。。ボブのペースが上がらなくなってきた。風が吹いてきて寒いとも言うので真ん中過ぎた辺りでテントや必携品以外の食料や服をもらい、インシュレーションを着てもらう。ナビゲーションには問題なく到達。

ここで初めて区間タイム二桁順位となり区間トップと12分差。これ以降じりじり差をつけられる。

着替え中待ち中にパシャリ

7-8
ボブ復活の気配あり、先導してもらう。ほぼまっすぐ。アタックはのっぺりしたとこであったが鉄塔の位置などから冷静に判断。この辺りから周辺にいるチームの面子が同じメンズペアであることに気づく。自分たちが早いか遅いかは全く分からなかったが彼らがライバルであることはわかる。

写真を撮っていられる余裕があったのはここまででした

8-9
僕が先導したはずだがあまり記憶に残っていない。8から既に見えており、とにかくヒースを掻き分けそこに行くだけだったような。

9-10
ヒースの辛さに耐え兼ね道回りを選択。しばらく一緒にいたライバルチームと分かれる。ボブのペースがいよいよ上がらないので道まで引っ張る。道になると急に元気になり反対に僕が置いていかれそうになる。谷を詰めアタック。

9で一緒だったチームと同じになる。あのくらいペースが上がらなくても同じくらいなら道を使うのは圧倒的に早いと思う。

10-11
そのためここも早めに道に乗ることを決める。ライバルチームにも気づかれ、先行されるも道で追い付く。道の曲がりからアタック。ライバルチームはなぜか手前のピークに登りたがり、その隙に巻いて先行。ボブ、終盤での劇的復活。僕がついていけない。

11-12-◎
復活のボブに先導を任せ、なんとかついていく。やっと終わった、という感覚。カレントトップと30分差という結果は意外にも健闘しているという印象だった。

夜は雨が降る予報だったので(外れることに期待しつつ)早めにテントを設営し着替えやご飯。ちょうど終えた頃に雨が降り出してきたので片付けやトイレ。ついでに結果を見ると5位だったので明日は早めのスタートに変更は確実。トップスタートが7時15分なのでそれに間に合えばよいだろうとスタートリストを見ずにそのままテントに籠る。

夕飯中

疲れもあってか時差ぼけか、テントに籠ってすぐに眠りにつく。19時くらい?

キャンプ地の様子


田舎の生活その94

10月中旬まで金木犀が香らず。かと思えば11月になったらすでに晩秋の空気も感じる。春秋が短くなっているのでは。

10月は毎年仕事だけでいっぱいいっぱいになるので今年こそ余裕を持って過ごそうと思っていたはずなのに、今年は全日本とOMM遠征も入って結局例年以上に大変だった。そう言えば子どもの運動会もあったっけ。充実の10月と言えばその通りかもしれないが、生活はだいぶ荒んでしまった。。。 猫の手も借りたいくらい忙しいと言うけれど、実際は猫の世話も大変なくらいだったので(赤子に悪戯もするし)ぴーたは妻実家に強制送還となった。

そんななかで教育委員会の町の教育の未来を考える会的な会合(正式名称を忘れてしまった)に参加した。子どもが遠くない将来に学校へ行くことから今後の教育環境に興味があったからだ。

川根本町には現在小学校が4つ、中学校が2つ、県立の高校が1つある。小中は全部の学校を合併しても静岡県の1学級35人の基準を満たさないくらい子どもが少ない。さらにそんな人数の中で小学校は4つも分けているので学校によっては複式学級になっているところもある。保育園や近所の会合などでは全部まとめてそこそこの人数で教育してほしいという意見もよく聞くが、町としては学校が複数あることのメリット(教員の確保ナド)を維持したい、教育の質は落とさない工夫をもしているので少人数教育の意義に理解してもらいたい、というのが会合の主旨だったようである。

予算も絡む政治的な側面もありそうで簡単に「はい、そうですね」と言えない部分もあるが、僕自身は今の規模を維持してもらいたいと思う。僕自身もそうだが、これからは個性や感性を活かして生きていくことが求められると思うのである。そうなると田舎の小さな学校で育った経験が大きくなったときの彼らの個性・感性によいスパイスを与えてくれるのではないかと期待する。

僕自身は好きではなかったし今でもあまり必要なかったとは思うので大学受験対策は必要ないけど、彼らの選択肢を狭めない教育はしてほしいと願うし、それは親である僕らが家庭での教育でも意識しておかなくてはいけないことだろう。親の立場から言えば学校が小さいと役回りがずっと回ってくるとか最近話題の英語試験じゃないけど経済的負担も大きくなるので、そのあたりの改善・見直しは国を挙げてでも考え直してほしいと思うところでもある。

その会合で統計データとして出てきた「病院のない町より学校のない町のほうが衰退は早い」というのはどうしてそうなるのか、地理出身者としては興味がある。

貴重な休みの朝。ホットケーキを作りました