田舎の生活その72

すっかり冬に。

さて、ここ最近話題に事欠かない相撲協会であるが、騒動が起こる前に放映されたのであろうNHKのプロフェッショナルで大相撲裏方スペシャルが撮りためてあったので流し見した。床山と呼び出し、行司の3人が取り上げられ、行司は立行司の式守伊之助。力士が気合を入れて土俵に上がるのと反対に、彼はできるだけ平静に土俵に上がろうと準備をする様子が映っていた。

しかし数年前に立て続けに軍配差し違えをしてしまったという。しかも(回数はうろ覚えだが)3回目は過去2回の間違いを気にするばかり土俵際にだけ目をやってしまい上体を見ておらず、明かな差し違えという失態だった、と。立行司は短刀を指しているのだが、それは差し違えれば切腹覚悟という意味があるとのことで、立て続けの差し違えに彼は現代の切腹、職を辞すことを考えたそうだが、当時の北の海理事長の計らいもあり休場のみとなり、今も立行司を続けている、と。

失敗しないことも強さだが、失敗しても胸を張って続けられることもまた強さの1つだと思う内容だった。スガシカオの歌詞が沁みる。真剣に見ていたわけではなかったが、妙に心に残ったのだった。

テレビの話題を続けると大河ドラマ直虎も終わってしまった。前にも書いた気がするが静岡ローカルなところも多々あり、当初予想していたよりも興味を引き、すっかり見入ってしまっていた。静岡戦国ロゲなんてなかなか楽しめそうだ。2019年の今川義元公生誕500年祭はチャンスではないか。

この冬、わが家にはペレットストーブが導入された。久しぶりに日曜大工もして入口のアプローチを手直ししたりも。来年はもうちょっと田舎ライフを楽しもうと思い、畑の再開を計画している。まずはじゃがいも、枝豆、さつまいもかな。

よいお年を。

ペレットはオリエンテーリングでお馴染みの富士山麓の間伐材からできたものを利用。あの伐採道に落ちていたものかと思うと感慨深い。できれば川根でも作ってほしいが。。。


全日本リレー2017

全日本リレーオリエンテーリング大会。昨年は不参加のため2年ぶりの出場。慣例として全日本リレーは国体開催県で開催される。今年はふるさと愛媛で国体が開催されたため、この大会も愛媛開催の予定で一時はそのようなアナウンスもあったが、諸般の事情であろう、隣県香川での開催となった。

静岡に居を移してからはずっと静岡県チームで出場していたが、実は昨年の大会に愛媛県で出ないかと同郷の松尾怜治くん(東大OLK)に誘われていた。昨年は参加できない事情があり企画は流れてしまっていたが、今年は愛媛開催という情報が出たこともあり、ぜひ開催県からチームを出して大会を盛り上げようということとなり、もう1人のメンバー集めをすることとなった。

古くを辿ればオリエンテーリング界には愛媛県関係者が多数いるのだが、せっかく走れる2人が揃っているので上位で勝負したいという気持ちもあり、インカレ入賞経験があり、卒業後も大会に参加している宮本佳記くん(朱雀OK)にアプローチして、ひとまず1チーム組むことができた。

スタート前に3人で

さらに大会3週間前のインカレで松尾君が優勝し、インカレでの実績だけならかなり強いチームが編成されることとなった。またこれはやや残念なことだったが、四国他県からチームが出ないということで四国唯一のチームということにもなり、選手宣誓の名誉に預かることとなった。

しかし時を同じくして人生初の骨折(足の指)をしてしまう。大会1週間前になっても痛みは引かず、歩くのがやっと。個人レースとして6月の全日本と並ぶターゲットレースに据えていた全日本スプリントは泣く泣く欠場することに。この時点では走れるようになる気がせず、全日本リレーも歩いてまわり愛媛県として何とか記録を残すことを現実的な目標にするしかなかった。そのため走順も3走にしてもらった。(当初は1走松尾、2走小泉で優勝争いを演じ会場を沸かせ、最後は宮本君にできるだけ頑張ってもらうという作戦だったのだが。。)

ところがラスト1週間で状況はだいぶ改善し、直前の様子を見てちゃんと走ることにした。無理をすれば悪くなる可能性も指摘されたが、四国開催の大会で愛媛県として選手権クラスで争うチャンスは残りの選手生命をかけてもよいくらいの価値があると考えた結果であった。なにより悪くなることはないくらいに回復していることを自身で感じられたのが一番の理由だった。

快晴の国営讃岐まんのう公園を舞台にレースは始まる。1走の松尾君はまさに飛ぶ鳥を落とす勢い、全日本チャンプらを抑えて見事トップゴール。2走の宮本君はかなりプレッシャーがかかるシーンだったろうが、焦ることなく淡々とレースをこなしてくれた。順位こそ落としたがそれは想定の範囲内。そしてその想定では静岡県との“みかん対決”になるだろうと読んでいたが、まさにその通りとなり、2分程度の差で僕が先行してスタートすることとなる。静岡は長縄選手。静岡県の4連覇に貢献してきた元同僚、相手にとって不足なし。

走り出したら足の痛みよりも、あまりの身体の重さに落胆する。これまで多少のブランクで衰えを感じることはなかったのだが、年齢のせいだろうか。ベテラン選手がケガが原因で一線を退く理由を痛感する。序盤で既に捕捉され、じりじりと差が縮まっているのを背中に感じ、10番のロングレッグでとうとう追い抜かれる。しかし抜かれてからが勝負でしょう。相手のペースに合わせて食らいつく。パターン差もあり一時は姿が見えなくなるが、15番で背中を捉えて加速、ぴったり背中に付き誘導区間で最終2レッグを先読みし、勝負をかける。

会場を抜け18番へ続く道。長縄がぐるっと回る。その隙をつくようにショートカットして前に出て、先読みしてあるアドバンテージを活かし最短ルートで19番に向かいかろうじて前をキープ。さらに最終コントロールで千葉県を捉えてそれを目標に駆け、なんとか逃げ切ることができた(千葉県にはわずかに届かず)。

結果は9位で男子選手権としては愛媛県史上最高の1桁順位を獲得(愛知県が上位2チームに入っているため都道府県別としては8番目)。終始静岡県と争うことになってしまい複雑な心境でもあるが、久々にリレーらしい展開を堪能することができた。コースも整備された公園内での開催ということでフォレストオリエンテーリングと呼ぶには苦しいところもあったと思うが、テクニカルなレッグやルートチョイスを問う勝負レッグが適度に配置され、リレーのお手本のようなコースであったと思う。また会場の使い方もうまく、四国で立派な全日本を開催していただいた運営陣に感謝したい。

また愛媛県チームとして一緒に走った2人にもあらためて感謝。最近1人で大会に参加することが多く(そもそも大会に参加することが少ないのだが)、一緒に宿に泊まったり食事をしたりしただけでも久しぶりで楽しかったが、これまで面識もほとんどなかった2人に愛媛ネタが通じると古くから付き合いがあるような親近感を覚えられたのは同郷出身者同士だからこそだろう。そしてチームを組むだけなら過去にもチャンスはあったが、今回こうやって勝負できるチームで出られたことが競技者としては何より嬉しかった。

先述の通り愛媛県関係者は何人もいて、現在も毎年数人は大学に入ってオリエンテーリングを始める出身者がいるようなので、今回の出場を機に今後も出身者が集まって継続的に(断続的にでも)出場し全日本リレーを盛り上げてくれるとよいなと思う。僕自身は居を構える静岡県に軸足を置くことになるだろうが、いずれはそうやって集まった愛媛出身者で愛媛大会を企画する可能性を感じることができたのも大きな収穫であった。

レース翌日にレントゲンを撮り、異常ないことを確認。その後も順調に回復中。完治させたらまた一から作り直していきたい。


田舎の生活その71

秋のイベントシーズンもようやく終わりが見えてきたが、すでに年明け後のイベント準備はもちろん、来夏~秋のイベントの打ち合わせが始まっており、息抜く間もない。実際のところ仕事量が増えたわけではないのだが(お断りしたり、分担を減らしてもらった仕事もあるし)、労働に使える時間が減った分、いろいろと追い込まれているのは明らかだ。子どもに手がかかる数年間の我慢と思うべきか、将来を見据えて仕事を考え直すべきか。創業10年、節目の年齢を間近に控え、いろいろと悩む日々である。

そんなわけで家を長く留守にするのも難しい状況だが、そうせざるを得ないときは遠く離れて住む母たちにわざわざ来てもらって家事を手伝ってもらったりもしている。野辺山に行っている間も2人の母たちが変わりばんこに来てくれていた。帰った日には愛媛の母が来ていたので、せっかくだからと一緒に寸又峡へ行ってみた。

最近テレビに取り上げられることも多い紅葉の名所。狭い道路に人や車が殺到するので、すぐ近くに住んでいながら観光シーズンに行くのは敬遠してしまう。秋の寸又峡も数年ぶりであったが平日にも関わらず駐車場はいっぱい。以前よりも人が増えたのは確かで、かつ来訪者の年齢層が若くなっているようにも思う。そんなこともあって温泉街は活気あるように見えた。

寸又峡の一番の人気スポット、夢の吊り橋はダム湖の濁りがなかなか取れないというのでベストの状態ではなかったが、母は満足してくれたようだ。よく考えたら母子2人で歩くのもずいぶん久しい。他に何があったわけでもない、ただそれだけの平凡な散策だったが、心身ともに疲弊していたからだろうか、なんだか心に残る一日となった。