第37回ジュニアチャンピオン大会

多摩オリエンーリングクラブのジュニアチャンピオン大会。名前の通りジュニアのチャンピオンを決めようと始まった大会。僕がオリエンーリングを始めた頃は既にジュニアではなかったのであまり深く考えることなく参加してきた大会だったが、全日本大会でもインターハイでもない、いわば民間のチャンピオンシップという立ち位置の大会を何十回と続けてきたことに偉大さを感じる大会である。

そんなこともあり大会の盛り上げやジュニア選手のモチベーションアップなどで少しでも役に立てたらとO-Supportとして協賛している大会でもある。そして毎回協賛のお礼という形で大会会場販売やレースにも招待していただいている。ただ例年1月半ばの開催でここ最近は予定が重なることが多くなかなか参加できないでいたのだが、今年は2月頭の開催ということで久しぶりにチャンスに恵まれ赴くことに。

会場に行ってみるとジュニアだけでなく、よく知るシニア選手たちにもどこか緊張感があると思ったら5月に開催されるアジア選手権の選考レースにもなっていたそうで、そんなこととは露知らず気楽な気持ちで参加してしまったことを少し申し訳なく思う。選考クラスとは別のクラスになっていたがコース難易度はほぼ同程度。トップ選手との差を知る上ではよい機会になるだろう。

スタート時間にも配慮いただいたので会場販売が落ち着いてからしっかり準備してスタートに向かうこともできた。2週間前はメリハリのないオリエンーリングをしてしまったので今回はペースの切り替えるリズムを意識して走るよう心がける。

△→1
出だしは慎重に。道を外れるアタックポイントをどこにするか少し悩む。右手が白くなる植生界か、左手に出て来る人工特徴物手前の道分岐か。タイムだけなら前者だが地図の感覚も得ながら確実にアタックしたかったので後者を選びスタートフラッグから歩測。

アタックポイントの第一候補だった植生界を右手に見ながら先へ進むも肝心の道分岐を見逃す。歩測のおかげで行き過ぎていることに気づき止まる。戻るべきか、ここからアタックするべきか。基本に忠実に行くなら前者を選択すべきだったが、ここでは植生と地形の組み合わせから行くべき場所は遠めに分かるだろうと後者を選ぶ。が、思ったより北まで進んでしまっていてやぶもあって目的の場所をなかなか発見できずもたもたしてしまった。アタックポイントは執念燃やして見つけるべし。

1→2
コンタリングで広いAの沢に出て、傾斜変換の縁からやや左手にエイミングオフして植生界のやや下目に出て確実にアタックのプラン。概ねプラン通りに進めたが、傾斜変換を点で確定出来ておらずやや下目に出てしまったか。

2→5
尾根を走って枝尾根に飛び込む、枝尾根を乗り越えて行くといったベーシックな課題。ペースを上げたり落としたりメリハリあるオリエンテーリングができた。

5→6→8
6は長めのレッグ。ルートチョイスがあるのか考えるがあまりない?立入禁止に入り込まないよう気を付けながら進む。ペースは良い実感があったが後半まで持つか心配になる。8までは短めのレッグが続くが無難にこなす。

8→12
9で再び長めのレッグ。街道沿いに抜けられるルートをあるのではとやや長考。しかしなさそうなので尾根道を目指す。前を走る学生たちになかなか追いつけず。9のやぶの中で追いつき、10で抜かれ、11はコース振りでコントロールが分かれる?そこから1人旅に戻る。

12→◎
尾根道を爆走するレッグが続く。最後までペースを保てない気がしたが予想外によく走れた。尾根に乗ったらアップダウンが少なく体力的に消耗しないテレインのおかげだったかもしれない。

悪くはないが足のある選手の後塵を拝するだろうなと思ったらは足のある選手はみんな選考対象コースに出ていたのでコーストップを得ることができた。選考対象コースのタイムと比較してもそこまで悪くないタイム、ペースだったので体力面でもなんとか現状維持はできているように思う。思うようにトレーニングできない日々が続くが、やれることをしっかりやって5月以降のレースシーズンを迎えたい。


田舎の生活その97

明けて2020年。気づけば節分。1月は毎年比較的余裕があるはずなのに年明け後からなんだかんだとフル稼働している。ありがたいことではあるが息継ぎしたくなるときがある。

そんな訳でのんびり田舎暮らしはさほど満喫はできていないが、今年は住んでいる集落の中の班がお宮の当屋で春の祭りの世話をするというので近所の皆さんと一緒に準備をした。僕らの住む集落(区)は現在おおよそ80世帯くらいが暮らしていて、10世帯ごとぐらいに班分けされている。全部で7班あるこの組織が最小自治組織で、班長が区の会議に出て地域の要望を伝え、清掃活動や以前触れた荒神祭もこの班単位で行い、そして輪番で祭りの当番(当屋)をしたりもする。

近所のお宮の八幡神社

祭りはどの地域でも多かれ少なかれ同じだと思うが男衆、女衆で役割が異なっていて男衆はお宮の飾りつけ、女衆は振舞いの準備などである。人手が少ないのでもはや男女関係なく準備しなくては回らないので近いうちに男女の垣根のない先進的な祭りになるかもしれない。

ほど良い太さの袴の付いた竹を切り出してきて

御幣を立てたりするのは男衆の仕事らしい

小さなお宮なので神輿・山車など派手なものはなく神楽の奉納があるくらいであるが、一連の儀式の後に餅巻きや生活用品が当たるくじがあり、近隣集落含めお宮に人が集まってくる。と言っても100人もいないくらいでほのぼのした雰囲気だが、小さなお宮をみんなで守っているという感覚を得ることができる行事である。

他、今月のトピックとしては町内にある高校からお招きいただき講演する機会に恵まれ、オリエンテーリングやナヴィゲーションスポーツの魅力を町内の中高生にお伝えした。でも話を聞くだけではその魅力は完全には伝わらないので彼らに体験してもらえるような機会を提供できないだろうか。といろいろ思案、模索している途中でもある。


第40回早大OC大会

1月19日、御殿場市で開催された早大OC大会に出走。OC大会も記念すべき40回目を迎えたとのことでおめでとうございます。

1週間前に静岡ナビゲーション練習会で練習するつもりが運営で手一杯となりほとんど何もできず実質的なフォレストオリエンーリング初め。技術や手続きの確認をしながら丁寧に行うことを目標とし、走れるところは高負荷トレーニングも兼ねてしっかり走ることに。

テレインは箱根西麓の二子。学生の頃によくお世話になった場所でその後もときどき入っているはずだがほとんど記憶に残っていない。近年よく使われている少し南の深良財産区といろいろ記憶が混同しているところもある。

スタートまでは恒例の長い登り。それをヴァーティカルタイムアタックにしたのはよいアイデア。参加は任意だったがいざトライ! が、いきなり飛ばし過ぎたかあっという間に息が上がってしまい中盤以降ヘロヘロに。おかげでスタート直後も足がおぼつかなかった。。

△→1
最初に見えたのはまっすぐルートだったが、ヤブだか倒木だかが邪魔で少し迂回しようと回り込む。気づいたら倒木がますますひどくなり結局まっすぐ進めず尾根道を迂回するルートに軌道修正。分岐を右に折れ、1つ目の尾根からコントロールのある沢の上にアタック。方向はばっちりだったが先述の通り登りで既に足が止まってしまう。

1→2
ルートチョイスをする。左回りに尾根の切りと右回りの谷を使うルートが見える。距離は伸びるが傾斜の緩さとアップの少なさから右回りを検討。5の数字のある沢と実際に使った沢のどちらかが良いか検討。アップ量と距離を勘案して青点のルートを選ぶ。

脱出で沢を下り、大きな沢を南東に乗り換えるまではよかったが、青点ルートの入口がずいぶんヤブくやや左に迂回して南の尾根に取り付こうとするも谷がずいぶん深くなってしまっていて、う~んこれなら尾根を登って渡ったほうがよいやとルート修正。

しかしこのアタックにするなら最初から左回りを選べばよかった。。。

2→6
きれいな尾根を乗り換えていく気持ちのよいレッグが続き、スタート前の疲れも馴染んできてリズムよく進む。6はヤブにひよって左に迂回。少しロス。

6→11
このあたりもリズムよく進めた。途中、別コース含め何人かの選手が周辺に見えては消えだったが落ち着いて自分なりのコースを取れたのはよかった。

11→12
オープンを果樹園だと思い込み迂回してしまった。アタックポイントでしっかり止まれたのはよかったが読み込みが甘く1つ手前の尾根にアタックしかけてしまいペースダウン。

12→13
道を回るか、カットしていくか。距離短縮とアップ増加を勘案し判断、切るべきところは積極的にカット。

13→◎
正月太りか体重が増えているので登りが遅いのはしかたない。
15は手前のヤブに突っ込めず手間取ってしまった。
16はどこを通るのが正解か分からなかったが結局このルートを我慢強く進むのがよかったようだ。
予想していたよりうまく回れた!と満足してしまいラストは気を抜きすぎ。

ここが二子だったことに終わってから気づくくらい新鮮な気持ちで走れた。あまり結果には期待していなかったが全体的に荒れた感じのレースとなり3位に滑り込むことができた。学生大会らしい様々な取り組みが盛り込まれていて久しぶりにオリエンテーリング大会に参加した感じがする。最近全日本大会にしか参加していなかったが、それらは意識しなくてもやっぱりちょっとピリピリ感があって普通の大会参加とは印象が違うもの。

けが人が多かったようなのでみなさん無事なことを祈りますが総じてよい大会でした。何より近くで大会が開かれるのが大変ありがたし。


田舎の生活その96

令和元年も終わり。と言っても5月から始まったので感慨深さはあまり感じないが。いずれにしてもあっという間の1年であったがそれももはや毎年のこと。

実は本厄であった。結局お祓いもなにもしなかったが厄っぽいことと言えば車に関するトラブルが多かったか。山道でパンクしてタイヤ2本交換とか、ガードレールで擦ったとか、石に乗り上げラジエーター破損とか。まぁ廃車になるほどのダメージではなかったからお祓いするまでのことではなかった。

大みそかは家族で近所を散歩。今まで知らなかった場所に社があることを発見する。

2人目の子が無事に生まれすくすく育ってくれているし、オリエンテーリングでも全日本を1つは獲れたし、仕事も新しい依頼をいただくなどしたおかげで10年連続の増収となったし、個人的には悪いことよりは良いことの方が多い1年だったように思う。

オリエンテーリングについて触れると全日本リレーでのミスを未だに引きずっている。こんなに悔しい気持ちになれるなんて。ここ最近の取り組み具合を客観的に見ると勝負に対するこだわりや負けん気はもう底を尽きてしまっているのではと自分でも疑いたくなるときがあったが、そうではないことがわかったのでもうひと頑張りできるだろう。

畑の開墾は進み、レタスなどの葉物を少し植えた。

この1ヶ月、夫婦それぞれの家で冠婚葬祭が続いた。親兄弟、親戚の皆さんにはその場で会うこともできたので今年は帰省せず、川根本町で年末年始を過ごすことに。神社の掃除や新年祭の手伝い、消防団の火の用心見回り、出初式など地域の奉仕活動もいろいろあるが、のんびり過ごすことができるだろう。来年もよい1年になりますよう。よいお年を。

リニアのトンネル工事に伴う水問題で揺れる大井川


全日本リレー2019

全日本リレーオリエンテーリング大会の日本選手権クラスに静岡県代表として第1走者として出場した。

ときわ走林会時代のホームグラウンドの1つ、笠間での開催なので出てみたかったが、今年は静岡県選考会にも出られず、10月の全日本以来オリエテーリングをしていない、かつ前日夜まで京都で結婚式に参加しているという状況で、さすがに出場は厳しいと思っていたのだが、チームの理解と家族の協力を得て出場が叶うことに。

目標は優勝で昨年に続く連覇を狙う。チームメイトは春に行われた全日本大会チャンピオンの伊藤と先月開催されたインカレ(学生)チャンピオンの大橋。チャンピオン3人を揃える強力な布陣。3人とも得意不得意な走順もなく、走順決めは逆に悩ましかった。ただライバルも強力だが自分たちのパフォーマンスをしっかり発揮すれば目標に近づけるのは確実。自分たちのパフォーマンスをしっかり発揮する状況を作りやすい走順を考えた結果、小泉-大橋-伊藤にする。3人の中では僕はスピード面でやや劣ることから1走で確実にトップに近い位置で帰ってきて2人につなぐことに。大橋、伊藤の順番もどちらがよいという決め手はなかったが、伊藤がややコンディションに不安があり集団走に自信がなさそうだったので集団がばらける可能性が高い3走に配置した。

このときに僕自身は「去年と同じ感じで走ればいいか」というちょっとした気の緩みのようなものを感じていて「気を引き締めなくてはいかんよ」と自分に言い聞かせたのはよく覚えているのだが、結局引き締めるタイミングを逸したまま当日を迎えてしまったのかもしれない。

土曜夜。ホテルに帰って子供たちに寝る準備をさせてからの夜行バスで京都から茨城へ。バスで眠れないことも予想はしていたがよく眠れる。2駅手前で降りて歩いて会場入りして身体をほぐす。そんなこんなで予定より早めの到着。1走スタートラインに立つという最初の難所を無事にクリア。

事前の走順を見るとライバルは愛知勢と首都圏チーム。1走は若手の足の速そうな選手も多かったが、珍しく今回はフィジカル面で不安を感じなかった。身体の調子がよいこともあっただろうし、かつて練習会でよく使った慣れ親しんだテレインであることも気持ちを落ち着かせた理由の一つかもしれない。

スタート直後にいきなり狭い階段を登るレイアウト。そこでの出遅れは避けたい。出来れば先頭付近に立って自分のペースで登りたい。スターターの山西会長の指を見てコンマ数秒だけ早く動き出そうと視線を集中。その甲斐があったかはわからないがトップ下すぐの所につけられる。スタートフラッグまでは長めの誘導。コースは対策で組んだコースにかなり近い。階段を登るうちに序盤レッグのプランニングも終わったのでポジション取りを考える。先頭は最大のライバルと思われる愛知1の種市。ペースをあげて数人抜き、彼の真後ろについて森へ入る。ファーストレッグはパターン振りがあるが種市と同じ方向へ。地図よりやぶで苦戦するがナビゲーション的に問題はなく次の山塊へ。

道に出る。パターン振りでハズレを引いたか、前に何人かいてその集団の最後尾に付く。集団のペースを使わせてもらいつつアタックへ。アタックポイントの分岐が地図で読むイメージと合っておらず不安を持ったままだが尾根に取り付けばわかるだろうと手前の沢を切る。

沢の中の岩付近に隣接コントロール。位置を特定でき不安解消。しかし尾根に上がるも傾斜変換もフラッグも見えず。尾根の下の方にいる選手が探しながら上がってくる様子を見てまだ上かと上へ向かう。が、ない。少し右往左往してリロケートを試みるも確信を持てず、周りにまだうろうろしている選手が数人。「ひょっとして」とパラレルエラーを疑い出す。アタックポイントにした道分岐手前で道を外れていて、1つ東の沢の中のコントロールを見たのか、と。ゆえに西へ移動。しかし西の尾根は益々ぼやけていて遂に自信はゼロとなり完全ロスト。確信を持てる場所を求めてピークまで上がってようやく自信を持ち直し尾根を特定して下る。ここしかないと言い聞かせながら下り続けてようやくコントロールに到達。

全体的にこの場所でミスする選手は多くトリッキーであったことは確かだろう。ただこうやって振り返ってみると集団走になった段階で主導権を手放してしまったところがあり、もう少し自分のペースでオリエンテーリングをして不安を感じたアタックポイントで時間をかけておけばここまで迷走しなかったはずだし、その後の走りを考えると、ここで多少遅れても狙い通りの位置で帰ってくることはできたと思うと大変悔いが残る。

ともかくピークに登っている間に周りの選手もいなくなっており完全に1人ぼっち。しかしこの先でも何があるか分からない。チャンスはまだあるはずと気を持ち直して進む。1人になりペースは落ちていることを感じるもリズムは良く復調。焦りから少しもたつく場面もあったが8以降はコースも簡単でよく走れていた。

トップから5分差で大橋へ繋ぐ。何かあればチャンスはまだある。2人の快走と他チームのトラブルを祈る。大橋が順位を一気に上げ、トップとの差も少し詰めて入賞圏内でアンカーの伊藤へ。さすがに上位陣は崩れず5位争いで会場へ。近くには静岡第2チーム。第2チームアンカーの川島も頑張り最後まで接戦となるも、わずかの差で第1チームがフィニッシュ。が、伊藤が隣接コントロール通過のため失格となり、僕たちのチームは順位つかず。しかし第2チームが同じ順位に繰り上がり。静岡県チームとしての層の厚さを感じる結果となった。

優勝は愛知2、静岡2(長縄-松澤-川島)は見事5位入賞

ということで結果はとても残念であった。失格となった遠因は僕の遅れに起因するのは確実で、チーム、特に一緒に走った2人には申し訳ないことをした。少しのブランクや前夜の移動や睡眠など問題なかったと思っていても実際には心理的余裕がなかったのかもしれない。そしてなによりそんな状態でもなんとかなるだろうという過信があったことが大きい。勝負に対しては常に謙虚でいなくては。

今回の結果も大変残念であったが、国内の主要なリレー大会で自分が敗因となる大きなミスを犯したことも大きなショックであった。これまでのインカレ、全日本リレー、OB対抗リレーに7人リレーなどいろいろ振り返ってみたがそのような記憶はない(都合悪い記憶が消えているだけかもしれないが)。個人レースではミスも多いが、リレーはリレー特有の状況をうまく利用して走れる自信があったし、それが自分の強みの1つだと思っていた。リレーでミスをしてしまうとこんな気持ちになるんだな。京都へ戻る新幹線の中で感じたモヤモヤした気持ちは競技生活21年目にして初めての味わう感覚であった。この感覚は今後の自分のためというよりは他の誰かのために活かすことができるような気がする。

追記:そういえば新潟の全日本リレーでもコントロール飛ばしをしたりしてだいぶロスしたことを思い出した。ただその時はチーム全体がぼろぼろで敗因と見なされなかったんだな。。