第41回東大OLK大会

全日本大会以来のオリエンテーリングレースは群馬県高崎市(旧倉渕村)にて開催された東大OLK大会。

オリエンテーリングを始めたばかりの大学1年時に当地でやはり東大大会があって以来の倉渕での大会だったそうだが、そのとき僕は参加していないので久しぶりに「国内初テレイン」を堪能できた。あまり暑くもなく、山の中の植生も良好でよいテレインであった。

そんなテレインの好印象とは裏腹にレースはいまいちで全体的にミスが多かったが、ここ最近のコンディションを考えればよく走れたほうだろうと自己評価しておきたい。後半は人と一緒に走る場面が多く、遅まきながらエンジンがかかった感じもあり、長いレースには一定の力があることを確認できたのも好材料であった。

△→4
概ね順調であった。3の途中の登りはまったくペースを上げられず。

4→5
ヤブを抜けるときにやや方向をずらしてしまう。尾根に出た段階で左に逸れてしまったことは認識していたが尾根上の地形にいまいち対応できずやや迷いが生まれ右往左往してしまう。自分を信じればよかった。

5→6
救護所へ下りる道にうまく乗れず少しロス。その先の谷を切るのによい場所を選べずだいぶロス。慌てずに地図を読むべきだった。

6→10
7-8のルートはもっとまっすぐ行くつもりだったがやっぱり登りでヒーコラしてしまい、その後に道を引っ張ったのが失敗の遠因。直接的な原因は植生界の角にてしっかり方向を定めなかったことで、道走りのペースでそのまま突っ込んでしまった。リズムの切り替え。

10→11
ルートチョイスは悪くなかったと思うが、道までの脱出はもう少しスマートにするべきだった。また尾根を下って広い谷に出たところは現在地把握しづらいので11の手前の山塊を捉えるつもりだったのに手前の道の誘惑に負け、逆にロスタイムを増やしてしまった。山塊を登るところもフラフラしてしまいアタックポイントに自信が持てずそらしてしまう。

11→14
14のアタックで行き過ぎてしまう。直前の植生界でもっとアタック方向をしっかり定めてから仕掛けるべきだったか。

14→17
14で柳下さんと一緒になりしばらく競り合いの展開に。途中で若手選手も何人か巻き込みながらパック化。17は地図がかすれて畑の際を通る道が繋がっていないように見え、ヤブい谷を切っている隙に後塵を拝する。

17→◎
18でパックしていた選手らに追いつき、19以降は身体も軽くなって登りも走れるようになり、パックを抜け出した(はず)。

体力的な不調の原因は明らかなので対応の仕様はあるが、オリエンテーリング(ナビゲーション)のリズムを組み立てられていないのは大きな問題だ。レース機会は相変わらず限定的になりそうだが、秋の全日本に向けて少ない時間を有効に利用できるように計画を立てねば。

今回の大会は会場の体育館と販売ブースが離れていたのでお店に来てくれた人とはお話しできたが(たくさんお買い上げいただきありがとうございました)、計測で混乱があったことも分からないままであったし、結果を見て「あれ?あの人も来ていたのか」と気づくことが多かった。久しぶりの人とたくさん会える大会なのでお店に張り付きっぱなしだったのは少しもったいなかったか。


田舎の生活その89

時代は令和に。改元前後は社会的高揚感があったが連休も終わり日常が戻ると平成のころと何ら変わらない日々が続く。

連休中は働いてスケジュールを詰め、現在は遅めのお休み。子供と一緒にオリエンテリーングしたり庭でキャンプしたりとちょっとのんびり。

今回は普段のトレーニングコース紹介。他にも年に数回しか走らないコースは多々あり。この時期は緑萌える木々の中を走れるのが嬉しい。

旧道周回コース

昨年バイパスのトンネルができたことに触れたが、それに伴い旧道となった道路は車通りが減り走りやすくなった。舗装道だが適度なアップダウンで気持ちよく走れる。途中で吊り橋も渡る約6kmのコース。2~4周くらい周回。

旧道には苔アート?

吊り橋

富沢林道コース

約1.5kmで200m登り続ける林道コース。ダウンヒルに使うとキロ2’20まで出せるのでスピード感覚を身につけたい時期にインターバルで使うこと多し。筋線維が弾けていく感じが心地よし。

ヒラトコース

約500mの平坦な砂利の林道。片道や往復でインターバルする基本コースの1つ。

権現コース

ヒラトコースより短い300m程度の山道。トレーニング初期の身体づくりの時期にガッツインターバルで利用。20本こなせるようになったら次に進む。


田舎の生活その88

ゴールデンウイーク10連休。いつもなら近所は茶摘みで忙しい時季だが、今年は寒い日が多くて葉の育ちが悪くゴールデンウイーク後半からが茶摘み本番になるそうな。

茶畑の周りにいるのはお茶摘みの人たちではなく10連休を満喫中の観光客のみなさん

さて、いよいよ平成が終わる。名前と同じ漢字が入っている元号なだけに、終わるとなると寂しさを覚えてしまう。災害や嫌な事件も多かった時代だったが個人的には人生の喜びの多くを享受することのできた幸せな時代だったと振り返ることになるだろう。令和時代がどれくらい続くことになるかは分からないが、同じような思いをもってその終わりを迎えることができればと願うばかりだ。

そして次の時代においてはもう若くはいられないかもしれないが、新しくはありたいと思う。今続けていることをただ続けていくことにはあまり意味を感じないが、新しい方法で新しいことにチャレンジしているという感覚でいられる限りは続けていけるだろうし、それができなくなったと思えばあっさり終わりを迎えるかもしれない。

ぴーたの元に友達が訪れるようになり、毎朝ソワソワしていたが、ここ最近は来なくなったので寂しそう

それではよいお時代(とし)をお迎えください。


第45回全日本オリエンテーリング大会

4月14日に栃木県日光市で開催された第45回全日本オリエンテーリング大会に出場。最上位クラスのM21Eはロングディスタンスの日本選手権をかけたレースでもあり、結果は5位入賞であった。

平成最後の大会ということで昨今の流れに乗って過去の記録を振り返ってみると、日本選手権には大学4年(つまり最後のインカレ直後)だった2001年度大会より出場して以来18回連続出場で10回目の入賞となったが、5位という数字は初めて。

前回は準優勝、今回もあわよくばという内容だったので「残念だったね」という声をいただくこともあったが、僕としては「まさか入賞できるとは」という驚きのほうが多く、よくやった結果だと受け止めている。

昨夏の世界選手権に出場した結果、2021年のワールドマスターズ含め今後世界を目指すならばいい加減スピードアップを果たさなくてはいけないとトレーニングを見直していたが、なかなか成果が出ない。

そして本来は10月に開催される全日本が次の全日本になるはずだったが、スキップされる2018年度大会を開催しようということで今回の大会開催が昨年秋ごろに正式に決まるもスケジュール調整ができず、テレイン練習の機会さえ設けられない。

なんとか月1回のペースでオリエンテーリングイベントに参加できたが、毎回毎回トップと大きな差を付けられる。年齢的な要因もあってかモチベーションは安定しないし体重も減らせない。春が近づいてもトレーニングで示すパフォーマンスは低迷したまま。

直近のレースは地形図ベースのマウンテンオリエンテーリング。しかも悪くないレースだったのに谷川、結城に大差を付けられる。その彼らさえを上回るパフォーマンスでインカレを彩った若い選手たちもたくさんいて、今回は入賞どころか次回の出場権を確保できる10位以内も危ういだろうというのが正直な感覚であった。

ここで出場権を逃せば公認大会で出場権を取り直すのはスケジュール的に難しい。今回で日本選手権は事実上の引退になるかも、とレースの3日前までずっと暗い気持ちに。しかし大切な家族を置いて2日間も遠征するのだ。やれることだけはしっかりやってこようと腹をくくって日光へ。

前置きが長くなったが、前日土曜日
トレーニングコースが用意されていたので40分ほど山や地図の様子を見ながら最終チェック。不安ばかりだったが全日本に向けて出来る調整はしっかりやっていた。疲労感が少ないことは自信を回復させ、自分ができることに集中するきっかけになったと思う。

レース当日
天気は持ちそう。走るにはちょうどよい気候。オリエンテーリング日和。

会場では仲間やお客さんとお話し。レース1時間前にスタートに向かうバスに乗った段階でレースに集中。着いた場所は20年ちかく前のインカレのスタート地区だったがそのときの光景はまったくフラッシュバックせず。ヘッドバンドとアームカバーを忘れてしまった。ウォーミングアップは少な目だった。

△→1
あまり難しさは感じず。最初の尾根まで道を使って、目的の岩が乗る尾根までまっすぐ。特徴的な尾根なのですぐに捉えられ、後は南斜面の岩にアタック、のはずが岩が目に入って来ない。あたりを見ても見つからず1つ手前の尾根なのか?と自信をなくし沢に下るも正面の植生界に違和感。やはり正しいはずと後ろを振り返るとさっきの場所よりだいぶ上のほうにあるフラッグが目に入ってくる。

細かな位置の読み込み不足が直接的な理由だが、それを実現するための序盤のリズムづくりが十分ではなかった。

1→2
いきなりの大ミスに残念な気持ちになるがまだまだ長いレース。しっかりやろうと気持ちを切り替える。レッグ中間の平らな斜面に入って、その先のヤブを抜けてアタック。ここでも最後のアタックは少しぶれてしまう。

2→3
やや長めのレッグ。道をつなぐのが早いだろう。となるとアタック方向は自然と決まる。ようやくロスなくアタックできるが、バタバタした感じからは抜け出せない。

3→4
緩い尾根を乗り越えて行くレッグ。直進練習した成果もあってか無難にこなせる。苦手な登りが今日は調子よく行けていることに気づく。

4→5
アタックポイントはレッグ線と重なる計曲線の尾根。そこからはまっすぐ進めばよいだけ、のはずが周囲の地形に惑わされまっすぐ突っ込めず。南に逃れ、分かるところから再アタック。

1番同様、冷静に対応できれば問題なく行けたはずでリズムの切り替えができていない。

5→6
2つ目の大ロスからの立ち上り。だいぶ致命的だが、そのおかげで結果はもう完全に気にならない。立て直すべくピークまで走って確実にアタック。リズムづくりができ始める。

6→7
アタックポイントは直前の鞍部。その鞍部の右にややエイミングオフするように直進。ほぼプラン通りもアタックで左にずれてしまった。

途中で急に20年前のインカレと同じ光景だとフラッシュバックがあった。

7→8
中央にある道に乗れればアタックは容易。そこに乗るまでがこのレッグの課題か。沢の中では慎重なルートファインディングで無難にこなす。

給水を取る。

8→9
9の右の尾根に当てる気持ちでまっすぐ。2つ目の尾根を越えたところでフラッグが目に入ってきた。

9→10
勝負レッグだろう。事前の地図読み対策でいろいろなレッグを検討した感触からこれは山越えが早いのではと感じ、まず右周りのルートを探る。アタックでの登り返しも左周りより少ないし、今日は登りも調子よいし攻められる、とこのルートを選択。

この辺りまで来るとナビゲーションのリズムづくりもすっかり夏頃の感覚を取り戻しており、途中途中も細かくショートカットして1秒を削るルート取りができるようになっている。

コントロール手前でジェルを補給し、給水。

10→11
タフなレッグだが技術的課題は少ないか。深い沢のどこを切るか、ミクロなルートファインディングで対応。ここまでのミスタイムを考えると2分前にスタートした尾崎に遭遇してしまうかと思ったが姿は見えず。思ってる以上に悪いのか、思っているより悪くないのか。

11→12→13
短いレッグ。見えづらく我慢のレッグ。もう後半戦だが痙攣の傾向もなく調子はよい。13で尾崎と一緒になる。動き的にループを抜けるところのようだ。彼の調子も分からないが、序盤のミスを考えるともっと差があってもおかしくないので意外とチャンスは残っているのかもと少し希望をもつ。

13→14→15→16
淡々とこなす。

16→17
ロングレッグ、つまりルートチョイス。ルートチョイス?自分の取ったルート以外はまったく読めず。でもそれがベストルートだったと思う。

レッグ真ん中付近、道を外れるところでシューズの調子がよく、これはいいシューズだ、ぜひみんなに買ってもらいたい、などと余計なことを考えていたらちょっとルートがぶれてしまう。より直線的に行くつもりだった。

17→18
給水を取る。送電線下の道まで道路を回るかと思ったが、タイムを削ろうと川を下るルートに。が、巡視路手前のヤブに手こずってしまった。しかし攻めた上でのロスなので焦りは生まず。

18→19
ヤブを超えてのアタック。ピークの並ぶ盛り上がりに乗ってしまいさえすれば難しくはないのでヤブの手前でだけ慎重になる。

19→20
最初の沢を右に巻き、まっすぐ。尾根を切るとこはやや慎重に。

20→21
ルートチョイスをする。アップダウンが少なく道を使える左寄りのルートに決定。アタックポイントは手前の尾根の上のテラス。その尾根が横(下)からだといまいち自信を持てず、尾根の先端をしっかり見てから登ったので少しロスがあった。

21→22
道を引っ張る?いやまっすぐ。沢を切る。タイムはよくないので、みんなのルートを知りたいレッグの1つ。

22→23→24→25
コンタリングで道まで出て上からアタックの23、道を引っ張り尾根を詰めていく24、鞍部から尾根を辿ってピークから枝尾根へ乗り換える25。

25はアタックポイントにしたピーク手前の鞍部をアタックポイントにしたほうがより短縮できた。

25→26→◎
あとは走るだけ。意外と疲れていない。自分のことだけに集中できる至福の時間の終わりを惜しみつつフィニッシュ。

写真提供:武藤拓王氏

結果は先述の通り。序盤のミスがなければより上位を目指せた結果だったが、実戦不足に起因するところもあり準備段階で既に勝負は決まっていたと言ってもよい。

優勝した伊藤樹(浜松市出身)とは5分差の完敗だが、ラップ解析上の巡航速度で彼を上回っていることも意外だった。これが夏以降のトレーニングの成果だったのかどうかはもう少し検証する必要があるが、そうなのであれば今後に向けて希望がつながる。

ところで今回の全日本大会は演出面にずいぶん力を入れていて、見ることができれば楽しかったようである。僕は時間的に見るチャンスがなかった。会場にいる人の多くもそこまで熱心に見聞きしている様子はなかったようにも感じる。それでも表彰式は例年よりは人が残ってくれていたか。

前回も関心を集めるのは演出ありきではないと書き、やっぱりその通りかもと思う一方で、演出があることが大会に関心を集めるきっかけにもなるのだからどちらも必要なんだろうと思うに至った。問題は資金繰りか。

ふと思ったが、山の中の映像やトラッキングをうまくまとめてYoutubeなんかにアップして広告料を稼げるようなコンテンツにまでできれば資金面も解決できるんじゃないだろうか。何百万再生とかにならんと難しいのかもしれんが、それを可能にするだけの面白さはあるはず。

それはともかく、短い期間でここまで準備できた運営チームには脱帽。


田舎の生活その87

ソメイヨシノが咲き始めた。関東にいた頃はサクラと言えばソメイヨシノでサクラの季節は年度をまたぐこのくらいの時期、というイメージだったが、静岡に来てからは河津桜に代表される早咲きの桜が多く植わっており、3月頭ころから既にサクラの季節になることに最近気づいた。

しかし植物にはまったく疎いのでどれがなんてサクラなのかはよく分かっていない。

そんな春。今年はイチローが引退し、いつも仕事しながら聴いていたラジオ番組が終わり、Eテレからは子どもが生まれてからお世話になったよしおお兄さんやゆきちゃんが卒業し、別れの春という印象が強い。世界は変わっていく。

さて、先月の記事で触れたつくばでの同期と20周年のささやかなお祝い。仕事や子育てに忙しい年ごろ。揃ったのは半分程度のメンバーだったが、しかしいつになっても心を許せる友人たちの存在はありがたく思う。ちなみに僕らは1998年度入学組。98年度がどんな一年だったかというと、4月に明石海峡大橋が開通、夏にはフランスW杯に日本が初出場し、甲子園では松坂旋風。橋本内閣から小渕内閣に変わり、年度末の3月には日産がルノーと資本提携している。グーグルが設立した年(98年9月)でもあったようだが当時は気にもしていなかったな。芸能界では「98年歌姫」などと呼ばれる浜崎あゆみ、椎名林檎、宇多田ヒカルらがデビュー。最近では98年生まれの若い女優・アイドルが人気を博しているらしい。ついこないだのことに思えるが、実はだいぶ昔のことだと気づく。

大学内の金栗四三特別展にて。子と一緒に

ついでに先月の話に関して、そもそもなぜオリエンテーリングの体験会に行ったのか?と何人かから聞かれた。いつも読んでいただきありがとうございます。

大学入学時、オリエンテーリングという単語は知っていたが(中学の時の集団宿泊研修でグループオリエンテーリングを経験していたので)、それはレクリエーションとしてのオリエンテーリングであり、世間一般と同じようなイメージを持っているに過ぎなかった。子どもの頃から地図を見るのは好きだったので(主に道路地図や鉄道路線)悪くない記憶として残っていたが、楽しかったとかまたやってみたいというほどの印象はなく、入学式後に勧誘のチラシをもらっていたが、それが目に留まることはなかった。

ではなぜ体験会に行こうと思ったのか?それは大学宿舎で僕の部屋に勧誘に回ってきた先輩に「終わったら焼肉に連れて行ってあげる」と言われたからだ。その勧誘がオリエンテーリングサークルであることはどうでもよかった(怪しい団体でないことは確認したが)。その頃、宿舎を回って来る勧誘が多く、うざったく思い始めていた頃だったので、「焼肉」という言葉がなければきっと断っていただろう。焼肉に釣られて行った体験会でその魅力にはまった。オリエンテーリングに感謝ということはつまり、焼肉に感謝せずにはいられないということなのである。